ゲーミング賭博法制度を構築する際の制度概念の一つで、欧州、特にスイスが制度構築に際し、考慮した考え方の中に社会的配慮事項なるものがある(ドイツ語でSozial Konceptという。英語ではSocial Conceptになる)。これは、施行に関与しうる主体が、施行がもたらしうる個人と社会(コミュニテイー)に対する否定的な影響を最小化する施策を考慮することと共に、施行に関与する主体は社会の関心事に対し、社会的な責任を担い(Socially Responsible)、かつ責任ある対応を担うべき(Socially Responsive)とする考えになる。過去、諸外国における事例では、かかる規範は法による強制ではなく、施行者の自主判断、自主規制に委ねるのだが、スイスではこの概念が、法制度構築にあたり施行者が担う義務として、法律の中に書き込まれた。それだけ、ゲーミング賭博が社会にもたらす潜在的な悪影響に対し、為政者が配慮したということになる。かつかかる社会的問題こそが、当時のスイス国民にとっての最大の関心事でもあったのであろう。
具体の内容は、スイス連邦ゲーミング・カジノ規制法(1998年)第14条「警備保安プログラムと社会的対応施策プログラム」の規定になる。二つある内、前者はゲーム運営の保安・安全・警備に関する施行者が担うべき対応施策になり、後者はゲームが社会的に否定的な影響をもたらすことを防ぐために施行者が取るべき措置、また社会的劣後者となる依存症患者を救済するために施行者が取るべき措置になる。いずれの場合も、ゲーミング・カジノのライセンス(スイスではフランス語でコンセッションという概念を用いるが類似的なものになる)を申請する民間主体が、申請時に連邦の規制当局に対し、この二つの課題への対応措置を提案する法律上の「義務」がある。またこの提案が、規制当局により、認証される場合、当該提案を実践する義務が、法律上、ライセンス取得者に課されるという考えになる。尚、法律は規制当局がこのための要求水準を政令ないしは規則により定義できるとしており、政令によりその詳細が制定された。その内容は、提案のための一定の要求事項を国が定め、民間事業者に具体案を提案させ、国が承認し、その内容を実践する義務を課すという手順になり、実際かかる手順が実践された。例えば社会的対応施策プログラムに関しては、①病理学的な賭博依存症を防止し、その社会に対する悪影響を極小化する手法、②カジノ施行に係る職員に対する適切な教育と研修、③データの蓄積などに関し、国が一定の判断基準を定め、これを満たす行動計画と実践の在り方が提案に要求され、かつその実践が制度的に義務付けられ、当該事業者に要求されたわけである。
国の制度として共通の規範に基づき、一定の社会的悪影響を軽減させるという考えは、極めてユニークで他国にあまり事例はない。かつ一定の判断基準を設け、これをどう社会の中で実践するかは、各施行者の提案に委ね、提案の実行性が評価され、これを実行する義務が施行者に課されることになる。詳細にいたるまで規制当局は関知せず、費用とリスクが民になる以上、民の主体的な判断と提案を尊重し、これを要求するという考えでもあろう。但し、その提案が適切か否かの評価判断は国(規制当局)が担うことになる。地域社会や地域住民との共生をうまく図りながら、如何に問題のない施行を担うかという考えになり、法によりその実践を担保する考え方でもあった。スイスで活躍する民間施行者は、自らのホームページにおいて、スイス国内で実践しているこれら社会的施策の内容を開示している。尚、制度的には個別企業単位であった考えは、その後業界全体で協調して類似的な行動となるような修正がなされた。
米国では依存症問題等に関しては、施行収益の一部をその対応財源とする制度的規定を設けたり、ゲーム税収の一部をこの目的のために支出したりする等の制度的対応は行われているが、施行者に対し、何等かの法的義務を課すという事例はない。財源拠出は勿論義務ではあるが、施行者としてかかる問題にどう対応するかは、関連団体に対する財政的支援を含めその全てが施行者による自主的な判断になり、法律事項ではない。一方、オーストラリア、ニュージーランドではやはり、スイスに類似的な意味での社会的施策の実践の考え方が制度に反映されている。英国の制度もより明確に、立法政策の中でこの問題を把握しており、政府が関与しながら、業界団体と議論し、合意を得つつ、施行者からの拠出により財源等を確保するという中間的な考え方になる。時代の趨勢は、かかる配慮事項を制度の中に明確に位置づけ、施行者にも何らかの積極的な関与を促すための枠組みを設けるという考え方になりつつある。何を制度の中にとりいれるか、いれないかは当然一国の選択肢でもあるが、国民の支持や信頼を得るためにも、かかる施策を制度の中に反映させ、国民の理解を得る試みが様々な国で実践されつつあることは注目に値する。国民や市民の信頼と支持を得て、初めてエンターテイメントとしてのカジノは業として存続できる。この為の試みが社会的配慮事項である。