企業の社会的責任(CSR、Corporate Social Responsibility)とは、最近流行りの言葉になるが、企業が利益を追求するのみならず、その組織活動が社会へ与える影響に責任を持ち、市民や消費者等のステークホルダーからの要求に対し、適切な意思決定や行動を担うことを要請するという考えになる。単なる慈善ではないが、企業が社会やそのステークホルダーと共生するために如何なる責任を果たすべきかを認識し、これを実践するための理念であるとも言えよう。社会や市民との共生は企業にとっても重要性を増しており、この意味では、企業にとっての現代的な課題でもある。実はゲーミング・カジノ産業とその構成員である民間の施行者は、CSRという概念が世の中に定着する前から、CSRを実践し、また現在においてもCSRを継続している数少ない民間企業かもしれない。
賭博行為をすることはそもそも好ましくないとする考え方や宗教的な倫理観からこれに根本的に反対する考えは昔から存在し、目新しいものではない。特定の地域社会にとって、その中にゲーミング・カジノ施設が設置されるということは、経済的には地域社会が恩恵を被るとはいえ、潜在的な不安を抱く人たちによる反対も起こりうるし、地域社会の万全の支援や支持を得て実現されるとは言い難い側面も存在する。かかる背景から現代社会ではゲーミング・カジノ施設を新たに特定地域に設置する場合には、常に地域社会に対する何らかの配慮や地域的、社会的貢献が必要になるとされてきた。事実これは様々な国々においても、継続的に実践されている。米国における考え方は、例えば学術機関に対する調査研究等に対する支援、関連民間団体や協会に対する支援、賭博依存症患者対応の為のNPOや病院、カウンセリング組織などに対する財政支援等、市民や社会的な関心事に対し、専ら企業自らの意思によるボランテイアとしての財政的支援により、CSRを実践してきたのがここ数十年の動きでもあった。
一方、欧州、特にフランス、スイスなどでは、施設自体が中小規模で、地域社会に密着し、地域住民による需要に依存しているという施設特性により、地域社会に密着した、CSRの考え方を取ることが多い。例えばスイスでは、収益の一定部分をあくまでも任意に、行政による財政支援が行き渡らない地域の文化活動の支援や、地域社会が主催するイベントの後援と財政的支援、地域の芸術学生の学費支援や様々なNPO,社会活動の支援など、地域社会を支える地道な地域貢献により、地域社会の構成員によるカジノに対する支持・信頼を取得することに成功している(制度上の義務ではないが、地域社会へ溶け込むための地域貢献活動と位置付けている)。フランスの場合には、国に対し許諾申請をする前に、ゲーミング・カジノが設置されるコミューン(基礎的自治体)と民間事業者の間で基本協定を締結するのが前提となり、この中で、地域許諾条件なるものが契約的に規定されることが通例となる(地域の地方政府との契約行為による地域貢献義務になる)。おもしろいのはその中身で、たとえば地域のための美術館を別途設置する、水族館を作る等の社会資本整備実現のための財政負担確約から、地域イベントへの財政支援、地域のNPOや子供たち、老人たちへの何らかの支援活動、地域で最良のレストランを併設することなど極めて地域味のある貢献活動が要求されることが通例となっている。これら活動がカジノ運営企業の企業活動の一部にもなってしまっている。尚、一般論として、都会化された地域や、主たる顧客が来訪観光客やビジネス客等である地域の場合には、地域社会に対する配慮事項は限定されるという性向がある。逆に地域社会に依存する地域・施設の場合には、カジノ運営施行者による濃厚な地域貢献がなされることが通例となる。
米国やカナダでは学術団体や業界団体を経由した、一種の組織的な寄付金等による社会貢献のあり方の方が大きい。欧州程に基礎的なコミュニテイーに対し、きめの細かい対応が必要ないという事情もあるのであろう。一方、豪州やニュージーランドでは明確に社会貢献税として、ゲーミング課税に付け加えて、地域社会への貢献に対する新たな税を賦課するという仕組みになっている。この場合は、賭博を主催する主体の義務として地域社会に対する貢献を捉え、課税権を行使することで財源を確保し、公的主体の管理のもとで地域社会に対する貢献支出を考えるという仕組みになる。この財源は、専ら依存症患者対策や、社会における弱者対策に支出されることが通例である。
地域社会への貢献と財政支援は、明らかにゲーミング賭博施設の地域における理解を高め、地域住民の支持と信頼を取得することに繋がる。この意味では、収益の一部を自らの意思により、社会貢献や地域貢献へ拠出することはカジノにとり、重要な社会的貢献機能になりつつある。