1990年台から現在にかけてのコンピューターとインターネットの飛躍的発展がもたらしたサイバー世界の拡大は、ゲーミング・カジノ市場にも大きな変化をもたらすに至っている。ブロードバンド技術の発展は、個人とサイバー世界の間における膨大な量の双方向的な情報のやりとりを可能にした。セキュリテイー・システムの発展や、これに伴い発展したクレジット・カード決済、あるいは電子マネーの登場は、インターネットを通じて、サービスを提供したり、サービスを購入したりすることを可能とし、その対価の決済ができるシステムが確立したことを意味する。現実世界と遜色のないビジネスがサイバー世界でも成立しているわけである。
アミューズメントやエンターテイメントという遊びの世界とインターネットとは親和性が強く、遊びの要素やゲームは、コンピューターやインターネットの登場と同時に生まれ、発展してきたのが現実であろう。一方、インターネット上で、金銭を支払い、ネットからサービスを購入したり、クレジット・カードを用いたりする安全性と安定性が確立したことが、サイバー世界にインターネット・カジノなる概念を生み出すことに必然的に繋がったといえる。賭博行為とは本来、ハウスとの双方向のやり取りの中で初めて実現し、その行為は物理的に隔離された地点で行われるために、そこに行かなければ遊ぶことはできず、目的志向性が極めて強い遊興の一つとされてきた。但し、サイバー賭博の登場は、かかる賭博行為の特性を一挙に崩すことになった。いまや、いつでも、どこでも、何度でも、自宅であろうが好きな場所から、あるいは動きながらでも、あらゆる国民がインターネットを通じて賭博行為にアクセスできることになったといってよい。この特徴は、施行者側から見た場合、①投資コストは陸上の実際の賭博施設を設置することと比較すると遥かに安いこと、②世界中を単一市場として、複数言語により、24時間365日が営業の対象になること(顧客母数は遥かに大きい市場になる)、③どこにサーバーを設置し、どう情報を発信するかにより、税コストも規制のあり方も大きく異なること(現実的には、一国の枠を超える制度的な規範は世界には存在せず、規制が緩い国を拠点とする行動が増えてしまう)、④固定費・運営費を縮減できるため、他の賭博手段と比較し、事業性は遥かによいこと、などになる。この結果 2000年に22億米㌦規模市場であったものが、何と2008年には194億㌦規模の市場にまで発展し、現在、この不況時においても二桁成長を続けているといわれる成長分野になりつつある(但し、これはあくまでも推定で、現状の世界の正確な市場規模は把握できているわけではない)。他方、これを一国の為政者から見た場合、国境の外から、自国民に対し、賭博サービスが(違法に)提供されていることになり、課税権も行使できず、富が流出し、単純に犯罪としても構成しにくいというやっかいな事象になってしまう。
このように、サイバー賭博市場は、国毎になされていた規制の枠を超える存在となるため、その発展と一般化、普及は、閉鎖的な一国のゲーミング・カジノ法制に対するチャレンジとなっている。国によっては、制度的にこれを禁止したり、あるいは逆に積極的にこれを認め、ライセンス許諾を付したりすることにより、サーバーを自国内に設置する義務を課し、健全性・安全性を担保すると共に課税するという国もあり、市場は完全に二分している。一国の法律で禁止した所で、サイバー世界における行為を抑止できるのか否か、また外国から提供された行為で被疑者が外国にいる事案を犯罪として構成できるのかという根源的な問題や技術的な問題は残る。一方、米国はブッシュ政権時の2006年に違法インターネット賭博執行法(UIGEA)を制定し、顧客でもインターネット賭博を提供する施行者でもなく、現実の決済に関与する米国内に存在するあらゆる金融関連事業者、クレッジット会社や電子マネーを取り扱う金融的仲介業者を対象に、サイバー賭博決済の禁止と共に、監視や報告義務等を課し、サイバー賭博を実質的に禁止する政策を打ち出した。もっとも施行細則が決められ、法が施行されるまでにかなりの時間の議論を必要とし、2010年6月にようやく法の施行が実現している。一方、この間、共和党から民主党への政権交替が起こり、賭博行為によりリベラルなスタンスを取る民主党政権下では、禁止ではなく、規制し、これを認めるべきとする主張も根強い。事実複数の法案が2009年から2012年までに議会に上程されたが、議会における合意形成が成立するには至っていないし、当面成立する兆しはない。
米国が採用した規制の考えは、例えサイバー世界であろうが、決済関係のもとをたどれば必ずどこかで銀行口座移動や送金行為によりリアル・マネーが動くはずで、ここを抑えればサイバー世界といえども管理可能となるという発想である。理論的には一理がある。この結果、法が施行された時点では、短期的に大きな市場縮小効果をもたらしたが、その後の現実は法の抜け穴的に違法ネットが生まれ、かつ国民もこれに参加してしまっている。国境を越えるかかるサイバー世界における活動が合法か、非合法か、どこまで許容されるべきなのか、かつまた一国の制度によりこれを効果的に規制できるのかについては様々な議論があり、これらが収斂しているわけではない。何等かの規制は必要であろうが、サイバー世界自体を規制下におくことは、インターネット市場全体の活力を削ぐことにもなりかねず、慎重な対応が求められているといえる。