賭博の施行に係る主要政策はその過半が、前向き、積極的な考えになるのだが、これとは反対に、施行に際し、社会的に危害を与える要素が生まれることをも平行的に重視し、これを積極的に管理することをも一つの政策として考えるアプローチが先進諸国では生まれつつある。ポジテイブな側面とネガテイブな側面を平行して考慮し、経済的メリットの最大化と社会的デメリットの縮小化を狙い、ビジネスとしての合理性や税収確保と国民や住民の関心事への対応という相反する異なった要素を、バランス良く実現していくことを意味する。かかる施策の在り方を社会的危害縮小化施策(Social Harm Minimization Measures)という。豪州やニュージーランドで提唱され、実践されてきた考えで、米国的な考えではない(米国でも問題の本質は認識されているが、あくまでも「課題」であって、「社会的危害」という表現は用いていない)。
これは下記のような考え方に注目する施策の在り方になる。
① 短期的利益ではなく、長期的な顧客との関係を重要視する経営方針を施行者に要求する:
施行者にとり、一時的に収益をもたらす顧客や行動であっても、長期的に見た場合、社会全体にデメリットをもたらす場合には、逆に施行者にとってもデメリットとなってしまう。優良な顧客は短期でつきあうことなく、魅力的なサービスを提供しつつ、長い期間に亘り、当該施設に長く、何度でも来訪してもらうことで、初めて事業が社会的に安定するとみるわけである(顧客から短期間に収奪するという考えではなく、長期につきあい、サービスを提供するという考えで、よりよい顧客関係を志向することを意味する。この意味では、①過度に射幸心を煽らない、②顧客が熱中しすぎたときは、ビジネスには逆行しても、顧客の賭け金行動を抑制するなどの行動を常に考慮することを意味する)。
② 社会的に問題のある顧客を特定化し、施行者が賭博行為を抑止することを推奨する:
賭博依存症患者として特定化できうる顧客や個人、あるいはその可能性が高いと合理的に想定できる顧客に対しては、できる限り、カジノ場に近づけさせず、また中に入っても、顧客行動の変化から、これを特定化し、できる限り賭博行為に参加させないように説得する。またかかる顧客を特定化し、対処する方法を従業員教育として徹底させる。例え金を支払う顧客であっても、将来的に社会に危害を与えうる要素がある場合には、結果的に施行者にも危害を与えかねない。賭博行為からできる限り、遠ざけることが施行者にとっても好ましいという考え方になる。
③ 本人や家族を支援し、賭博依存症患者自己・家族排除プログラムを協力して、実践する:
同様に、施行者が、単独ないしは共同で、賭博依存症患者自己・家族排除プログラムを開発し、その実践を図ることを奨励する、あるいは義務付け、支援する。自己・家族排除プログラムとは、依存症患者本人またはその家族の申請に基づき、当該個人がカジノ場に立ち入ろうとする場合、強制的に施行者が当該顧客を排除することにつき本人ないしは家族が同意し、これを実践する考えである。依存症患者といえども、常に依存症であるわけではなく、正常な時にこれを説得して、以後立ち入らないように本人の了解を取得するという考えになる。無理やり入ろうとした場合、家宅侵入罪が適用されるように制度を構築している国、地域もある。尚、一国の中で複数の異なった施行者が存在する場合には、効果的な情報交換や統一的なルールを考慮しなければ意味が無くなる。
④ 賭博のリスクに関する情報開示を徹底する:
顧客に対し、賭博行為がもたらしうるリスクを喚起する、またこの為の積極的な情報開示により、正確に賭博行為の意味を顧客に理解させる自助努力を施行者に促す施策をいう。例えば、ハウス・アドバンテージ(控除率)に係る情報や、確率値を書面により開示し、見えやすい所に掲示し、情報の非対称性を無くし、顧客にリスクとチャンスの在り方を正確に理解させることをいう。
⑤ 依存症患者へのカウンセリングや相談・治療等のサービスを無償で提供する:
潜在的な依存症患者や依存症患者への相談窓口として、24時間ヘルプデスクを無償で提供するとともに、依存症カウンセリング団体や治療組織との連携を図り、依存症に陥る社会的弱者を救済できる何らかのセフテイー・ネットを組織的に設ける。施行者や業界団体、関連するステークホルダーが、財政的にかかる事業を支える仕組みを作ることが様々な国々でも実践されている。国によっては、施行者、NPO、地域社会、カウンセリング組織や治療組織等を調整する団体や組織を国の支援で設立し、これを指導しながら政策を推進するということも行われている。
施行者の自助努力のみならず、まず、国が政策的考えや方向性を明確に打ち出し、その実践の支援や実現を促す積極的施策を取ることがこの施策の特徴である。