1970年連邦「銀行機密法」(Bank Secrecy Act, Title31 USC 5311 et seq、別称「1970年為替及び通貨取引に関する財務保持及び報告に関する法律」Financial Record Keeping & Reporting of Currency & Transaction Act of 1970)はマネー・ロンダリングを防止し、抑止し、違法行為を摘発するための米国における基本的な制度的枠組みである。この法は、全ての金融機関、及び法律で定められた疑似的な金融機関ないしは金融仲介者に対し、1万㌦以上の現金取引の記録、その場合の顧客の本人確認、記録保持義務及び当局に対する報告義務などを規定している。この法律に基づき、米国財務省の一部局として「金融犯罪執行ネットワーク」(Financial Crimes Enforcement Network、FinCEN)が設立され、この組織が法律を所管し、法の執行を担っている。財務省の一機構ではあるが、その機能は、FBIとも連携した公安当局に近い。1985年、財務省はこの銀行機密法を改定し、100万㌦以上の粗収益(売り上げ)規模のあるゲーミング・カジノ施設をも擬似的な金融仲介者と見なし、同法に基づく報告対象義務者とした。カジノは、その担う機能が、金融機関と類似している行為を含むためでもある。この結果、ある顧客による1万㌦以上の現金取引(ないしは一日の内に関連する取引を合計した金額で1万㌦以上となる場合を含む)に関しては、カジノ施設は、FinCENに対し、通貨取引報告書(CTR, Currency Transaction Report)を提出する義務を負うことになった。尚、ゲーミング機械による大勝ちとなるジャック・ポットの支払いは、あくまでも僥倖による結果であり、意図的な操作ではないため、通貨取引報告書(CTR)の対象にはならない。
1996年以降は、これまで法規制の対象外であった、米国先住民であるインデイアン部族が所有するカジノ施設も銀行機密法によるマネー・ロンダリング規制の対象施設となり、その範囲が網羅的になった。また2003年以降、カジノ施設は3,000㌦以上の取引(単一ないしは複数の関連する取引を含む)を担う顧客でカジノ施設自身が疑わしいと判断する場合、ないしは、下記いずれかの状況を満たす場合、通貨取引報告とは別に、「疑わしい活動報告書」(Suspicious Activity Report、SAR)を提出する義務があるとされた。
即ち、
- 非合法活動資金を含む場合、あるいは非合法活動から得られた資金を隠そうとしている場合、
- カジノの通貨取引報告の本人確認行為を忌避したり、阻害したりする行為があった場合、
- 明らかにビジネスないしはその他の合法的な目的を持っていない取引である場合、
- 特定の顧客には通常想定できない行為である場合、
- 犯罪活動を容易にする為にカジノを利用しようと企図している場合、
等である。
通常の窃盗等の犯罪は、疑わしい活動報告書(SAR)の対象にはならない。また顧客情報を取得し、当局にこれを報告することに対し、顧客の同意取得ないしは報告は不要となる。かつ、連邦政府(FinCEN)が、カジノに関するSARとCTRの報告並びにそのコンプライアンスの状況を定期的に監査の対象にしており、報告の逸脱には民事、刑事上の罰金が課せられることになる。
テロ資金対策や麻薬暴力団対策と絡み、マネー・ロンダリング法制は段階的に規制と報告のあり方が緻密になると共に、その範囲が拡大されてきたことが現実の展開になる。尚、1985年以降、ネバダ州は独自に規則6Aと称するマネー・ロンダリング規制を実施、州政府が自らこれをコントロールし、連邦政府に情報を供与する形で特例的に他の州とは異なるシステムが認められてきた(年1千万㌦以上の売り上げ施設に対し1万㌦以上の現金取引報告義務とともに、3000㌦以上の疑わしい取引報告義務)。2007年にネバダ州政府はこの規則を廃止し、全ての取引が連邦規制の適用対象となることになった。連邦規制と、ネバダ州政府規制の大きな差異は、報告対象となる売り上げ上限値の差異(100万㌦から1000万㌦までの売り上げ施設は報告不要でもあった)だが、逆にネバダ州規制では厳しい側面もあり、取引が1万㌦以上となった場合、類似的な取引をグループ化し、別々に報告したり、3,000㌦以上の小額紙幣を高額紙幣に交換したりすることの禁止等が存在したのだが、連邦規制はここまで規定しているわけではない。
連邦政府の考えは、制度の考えと適用を国全体で統一しようとすることにあると共に、連邦政府の機関であるFinCEN並びにIRS(内国歳入庁)が、協調して、疑わしい活動報告(SAR)の電子ファイル報告化を推進した為にかかる制度の統一化が必要となったものである。尚、FinCENの規定の基本は、国際機関であるFATF(金融取引タスクフォース) による勧告に準拠した内容になっている。この意味では、米国におけるマネー・ロンダリング対応規制は、ほぼ他の先進国と同様の内容でもあり、この分野に関する限り、国際的な共通規範が存在することになる。