米国における制度の特徴は、連邦政府と州政府の制度が複雑に絡み合い混沌としている点にあるが、一部に関しては確実にグレーな領域も生じてしまっている。その典型的な事例が競馬にもある。
競馬は米国でも伝統的に人気のある賭博種になるが、競馬場(オン・トラック)にわざわざでかけて賭け事をするよりも競馬場外(オフ・トラック)で賭け事を楽しむことの方が、明らかに現代人のニーズにフィットする。かつ、主催者側からみても場外で馬券を売ることができれば、合理的な売り上げ増の一手段になる。この結果、あくまでも州内という前提で、場外馬券販売(オフ・トラック・ベッテイング、OTB)が発展していった。ところが、州政府内部では可能なかかる行為も州境を超えてなされる場合(即ち、州外の顧客が州内の馬券を買う、逆に州内の業者が州外の顧客に馬券を売る等の行為になる)には、1978年「州際間競馬法」(Interstate Horse Racing Act, Title 18 USC Chapt 57 Sec 3001-3007)の規定に基づき、連邦法違反とされてきた。同法は、電話・電報等の手段を用いて、州際間で賭博行為をすることを禁じているが、州内でかかる行為をすることは必ずしも違法とは明示的に定義していない。かかる理由により、一つの州内では、電話やその後でてきた通信手段であるインターネットを用い、馬券を州民に売買することは連邦法上違法ではないという解釈により、様々な州で(州内部という限定付で)実践されてきたという経緯がある。かかる環境下では、州際間でインターネットを用い、販売を増やしてもよいではないかとする声がおこるのも当然の理でもあり、1990年代末に連邦議会でかかる議論が生じてしまった。一方、1999年に連邦司法省は、連邦議会に対し、書面で見解を明らかにしたが、1987年州際間競馬法は、インターネットによる州境を超えたオフ・トラック・ベッテイング(OTB)を認めるものではないこと、かかる賭け事は明確に連邦「有線法」に違反することを主張した。司法省自体は州際間でインターネットを用い、競馬賭博をすることには、継続して反対という立場を崩さなかったことになる。ところがこの司法省の反対にも拘わらず、連邦議会は2000年の予算法案の中に紛れ込ませる形で、1978年州際間競馬法を改正し、インターネットによる州際間競馬を実質的に認める改正を決議してしまった。
改正されたのは1978年州際間競馬法にある“州際間オフ・トラック賭博”(interstate off-track betting)という言葉の定義であり、これを「(関連する両州の間でかかる賭博行為が合法である限りにおいて)電話その他の電子手段を用いて、州をまたがる形で伝達され、実施されるパリミュチュエル賭博」と変えてしまった。この結果、字面から読み取る限り、オフ・トラック賭博とは、「インターネットを含む電話等の電子式伝達手段を用いて行われる、州際間のパリミュチュエル賭博」ということになり、これが可能という文脈になるため、連邦法としてインターネット競馬を認めることを含意することになった。一方、クリントン政権、その後のブッシュ政権の行政府は、この州際間競馬法の修正はインターネットによる賭博行為を合法化するものでないという立場を崩さなかったが、多くの州では、インターネットによるパリミュチュエル賭博(競馬)を州内で認めることになってしまった。もっとも、連邦司法省は、各州の動きを、連邦法違反として摘発するという行動にはでていない。かつ多くの州では、衛星・インターネットを通じたオフ・トラック・ベッテイングにより、他州が提供するオフ・トラック・ベッテイングに州民が参加し、税収が遺漏するのを防ぐために、他州のサイトをブロックできる規制を設けた事例が増えてしまった。
上記の如き経緯により、現代米国では10年以上も前より、こと競馬に関してはオンラインによる賭け事が実質的に認められてしまっている。米国ゲーミング協会(AGA)によると37の州で、年3億㌦の収益を上げるまでに至っているという。オンラインによる賭博の提供は、競馬を主催するホストとなる競馬協会、施行の規制を担う競馬委員会、オフ・トラック賭博の主催者との合意があり、初めて実現できるが、オレゴン州では、オンラインによりパリミュチュエル賭博を提供できる事業者をライセンスにより認知しており(Multijurisdictional simulcasting wagering hub)、ライセンスを得た9事業者が、全米に対しサービスを提供することが実践されている。
連邦司法省は、この「2000年州際間競馬法」の修正は、連邦法に基づくオンライン賭博禁止の原則を変えるものではないとするスタンスを崩していないが、現実には、オンラインによるパリ・ミュチュエル賭博(競馬オフ・トラック・ベッテイング)は認められてしまっているという奇妙な実態がある。競馬の場合には、賭け金行動や決済にオンラインを用いるが、競馬そのものはシステムが提供しているわけではないために、カジノ等の他のオンライン賭博とは異なるという趣旨なのであろうが、この考え方に論理的一貫性があるか否かについては懸念もある。