米国では賭博行為の合法化は進展したが、賭博行為が個人、職場、地域社会にもたらす否定的な影響にどう対応するかに関しては、国ないしは州としては、当初から平行的に何らかの措置を実践したり、適切な対応がなされたりしてきたわけではない。賭博行為がもたらす依存症問題への対応は、民間の非営利組織の運動やボランタリー活動から始まり、その後、この問題が段階的に社会的に認知され、政府による政策的対応に国民の関心が向くことになったという経緯がある。非営利組織やボランタリー団体は州単位で活動のユニットがあることが基本となるが、非営利組織の場合には、これを全国単位でまとめる努力と枠組みが存在する。一方、政府としては、米国では連邦政府レベルでの対応はなく、全て州政府単位での対応となるが、その施策方針や対応は州毎に異なる。予算措置や財政的支援の枠組みが制度的に存在したり、問題の発生や拡散を抑止したりする制度的な必要最小限の枠組みを制定している州が多いが、州政府自らが具体の対応施策に直接関与しているという事例はまだ限定されるのが現実である。様々な調査研究機関や団体が、社会調査等を実行しており、全てが同じ結論とはいえないが、米国全体としては総数約6~9百万人、成人人口の3~4%が賭博依存症患者という評価データも存在し、放置できない現実が目の前にあることになる。尚、1999年の米国賭博影響度評価委員会(NGISC)の報告書によると深刻な病理的賭博依存症患者の場合の一人頭の社会的費用は年1,200㌦、通常の賭博依存症患者の場合の一人頭社会的費用は715㌦かかるとある。
州政府レベルでの依存症対応施策と実践に関しては、下記等がある。
ⅰ. 州政府直接対応組織の設置:
州政府がロッテリー、競馬、ゲーミング賭博等様々な賭博行為に伴う依存症実態調査を実施し、これに伴い政策諮問委員会等を設け、政策的対応を検討し、その成果から方針を決定し、施策に生かす試み(予算配分、カウンセラー育成や治療機関等の支援等)を実践している州も存在する。あるいは政府内部に問題の対応に資する専門部局を設け、政府施策として類似的な課題を調査研究し、民間施行者との調整や直接的な支援施策を実践しているなどの事例もある(例えば、カルフォルニア州アルコール薬品プログラム局・賭博依存症事務所、ペンシルバニア州・ゲーミング・管理委員会・病的賭博・賭博依存症事務局等)。但し、州政府ないしは州政府の規制機関が自ら組織を設け、直接関与しているのは最近の事例でしかなく、まだ汎用的な考えとはなっていない。
ⅱ. 依存症対応策財源措置・予算措置:
賭博税収の一定率を賭博依存症対応策に使途を限定とした財源としてふりあてることは、様々な手法により、ほぼ全ての州で実践されている。新たに制度構築をする場合には、特別の信託基金や、政府内部に特別勘定を設け、税収の一定率を依存症教育や治療、カウンセリング等のプログラムに仕向ける法案を規定する事例が多い。あるいは一定率ではなく、固定額の予算配分方式でこの財源を確保することも行われている(例えば、オレゴン州では法案段階では税収の3%が振り当てられる予定であったが、実際は、2年単位毎に400万㌦の固定額予算を依存症対応施策の様々な州のプログラムに配布する立法措置が図られた。ミシガン州では政府による必要経費として事業者から徴収する予算の中から年200万㌦が依存症対応基金に拠出される仕組みとなっている)。社会的関心事に、政策的、制度的に予め対応しておくことが求められる時代になってきたといえる。上記予算は州内部での非営利団体経由、各種の教育、カウンセリング、治療プログラム等に配布されることもあれば、州政府が直接かかるプログラムを管理し、支出判断をしたりすることもある。
ⅲ. 依存症問題を抑止するための制度的措置:
射幸心を煽る賭博行為を規制し、賭博行為の供給を規制することも賭博依存症に対する一つの有効な手段ではあるが、米国では、賭博行為そのものを規制し、民間施行者(カジノ・ハウス)の自由な活動を規制することに対する業界の反発は根強く、この問題に関し、事業者を規制する制度的枠組みは殆ど無い。唯一の例外が、賭博依存症を自覚する顧客を促し、顧客自らの意思による自己排除プログラム(self-exclusion program)を設ける義務を事業者に課すことで、これを制度として設けている州が多い。顧客がこれに違反し、カジノへ入場した場合には、状況次第で、家宅侵入罪を適用する旨を制度として規定している州もある。
病理学的には賭博依存症は精神疾患であっても、本来、賭博行為への参加は自己責任の問題、自己の意思が弱いことに起因する症状でしかないと考える向きも米国では少なからず多い。この意味では、社会的な最低のセフテイーネットへの支援は政府としても実施するが、政府自らが問題の発生の抑止に積極的な政策対応手段をとるという発想は少ない。尚、賭博依存症への対応策は、薬物依存やアルコール依存等と共通しうる側面もある。薬物依存やアルコール依存への対応は、州レベルでの対応をベースとした国としての対応がなされているが、賭博依存症問題は同じレベルの対応がなされているわけではない(例えばニュー・ジャージー州では、約35万人の賭博依存症患者がいると想定されているが、これに対する2012年州予算は85万㌦で前年同産業の総収入の0.015%でしかない。一方同州の年間薬物・アルコール依存症対策関連予算は1億5000万㌦もある。もっとも、隣のペンシルベニア州の賭博依存症関連対策予算は同年で300万㌦に達し、州の方針次第では、状況は大きく変わりうるということでもあろう)。