賭博行為を認めるか否かという社会的な寛容度の在り方は、様々な社会的事象が一国の国民の意識に影響を与えて形成されることが多い。米国では、18世紀から19世紀までの間には、幾度となく、賭博の主催者が顧客をだましたり、不正をしたり、かつ賭博収益の一部が政治家、行政府職員に対する賄賂として流れるスキャンダルやプロの賭博師によるいかさま、不正などの社会的問題や社会秩序の混乱が横行した。かかる事象が、賭博行為を禁止しようとする意識を国民に植え付けた時期が何度もあったことになる。社会的不安や公正さ、秩序の不安定化は、庶民の意識を大きく変える方向に制度を変えてしまう。一方、20世紀初頭以降になると、かかる社会的不安を排除しながらも、悪が巧妙に賭博行為の中に入る仕組みが構築された。組織暴力による賭博行為への介在である。表面的には、顧客を守り、不正、いかさまは一切させずに、経営者・従業員をコントロールし、秩序維持を図ることがマフィアの営業戦略でもあった。顧客に対しては健全かつ公正なゲームを提供しつつ、一方では、売り上げをごまかし(スキミングという)、課税を逃れ、これを犯罪組織のやみ資金源としたわけである。かつ巧妙に、この資金の一部を賄賂や政治献金に用い、地域社会全体を巻き込んでいったということが現実であろう。これは明らかに犯罪行為になる。かつ、社会を蝕む行為でもある。
この様に、米国におけるマフィアは、賭博行為を地域経済活性化へと繋がる巧妙な仕組みを構築し、賭博行為を楽しむ庶民からはわからないように、賭博行為を裏から支えることになった。更には、下記背景も存在した。
① 本来商業的賭博は胴元にとり、割のよいビジネスでもあった。リスクはあるが、高い収益をもたらすと共に、売上をごまかせる可能性が高いことがマフィアを賭博ビジネスに引きつけたことになる。
② 1950年代から60年代にかけて、明らかにリスクの高いカジノのリゾート施設整備に資金を拠出したり、融資したりする合法的な資金拠出者(銀行、投資家)は存在せず、かつ賭博を商業的に運営する能力も通常の民間主体には存在しなかった。結局ここに、マフィアが、自ら資金を拠出し、自ら施行を担う、あるいは、間接的に民間事業者を支配する、さもなければその構成員に影響力を行使する形で関与することになる。
③ 1931年に制定されたネバダ州「拡大ゲーミング許諾法」(Wide Open Gaming Bill)は、規制が目的ではなく、地域の保安官が一定ライセンス料金を徴収することを目的として、ライセンスを付与する仕組みでもあり、、税徴収されあれば、問題無しとした制度でしかなかった(だからこそ、マフィアが堂々と参加できたわけである)。実質的な州政府の関与は1945年以降、州政府が自ら徴税を実施し始めたことを嚆矢とする。納税行為を監督するために州政府の機関としてネバダ州政務委員会(Nevada Tax Commission)が創設されたが、カジノ業を規制するには至っていない。州政府が、本格的なカジノ規制策を取り始めるたのは、1955年の「ネバダ州ゲーミング管理法」(1955 Nevada Gaming Control Act)制定以降になる。但し、立法制定時点では、この法自体にも欠陥があった。法は、カジノ企業の全ての株式所有者にライセンス取得を義務づけたが、これでは株主が多い企業や株式公開企業は、実務的にライセンス申請ができず、発展の可能性は限られる。個人オーナーがライセンスを取得し、資金を拠出し、施設整備を図ることが当時の一般的姿でもあったが、フロントのライセンス保持者・施設所有者は普通の人を配置し、裏でマフィアが所有権や従業員を抑えたりすることで巧妙に隠れる仕組みがとられた。
④ マフィアの介在は労働組合を支配し、ここから従業員を支配したり、年金基金にも影響力を与えたりすることができた等広範囲に亘った。オーナーが健全な主体であっても、働く従業員が昔のままであった場合、横から資金をスキミングしてしまうことは不可能ではなかった。
⑤ 政治家や議員に圧力や影響力を行使することも公然と行われた模様である(圧力をかける、脅す、賄賂を贈るなどの手段で、政治的に反対できにくい仕組みを作ってしまうわけである)。
ネバダ州のゲーミング賭博制度が根本的に変わり始めたのは1955年以降であり、その後、段階的に法制度の整備や詳細規則の制定がなされ、かつ厳格な法の執行がとられることになった。50年代、60年代は明らかにマフィアが存在したが、60年代末以降は、1969年「ネバダ州企業ゲーミング法」(Corporate Gaming Law)により、企業、大企業が参入できる道が開け、カジノ施設の整備に必要となる資金調達構造や市場構造を大きく変えることになる。社会や産業の末端にまでその影響力が存在したがために、マフィア撲滅に時間を要したのであろうが、これはネバダ州の特徴でもあった。ネバダ州以降にカジノの合法化を実現した米国諸州では、これら経験を踏まえた上での制度構築でもあったため、当初から問題が起こりえない精緻な仕組みを志向しており、全くマフィアの影響はなく、状況はかなり異なる。