現状のEUでは、賭博行為は①施行数に制限を設けることなく、ライセンスを付与し、厳格な規制により管理するモデルと②公的主体等に限定された独占主体が施行を担うことで厳格に規制し、管理するというモデルの二つが国毎に異なる制度のもとに存在し、域内共通のルールなるものは存在しない。但し、2000年以降、スポーツ・ブッキングやロッテリー等を提供するツールとしてインターネットを用い、国境を超える形での商行為が広く加盟各国に行きわたる新たな事象が生じてきた。これをどう位置付けるかに関連して、EU域内における賭博行為の枠組み(EU framework of gambling & betting)が議論の対象となり、欧州委員会や年度毎の各議長国、欧州議会レベルでも様々な議論がなされてきたのが現実になる。欧州委員会はスイス比較法研究所に委託し、2年の歳月をかけて、EU域内における様々な賭博制度の実態把握を調査研究し、2006年にこれを公表している(「EU域内市場における賭博サービスに関する調査」2006年)。2009年には、欧州委員会は賭博分野に関する域内各国の制度の調和を2011年には実現したい旨を表明したことがあるが、これは単純には実現していない。2009年3月には欧州議会が、独自に「オンライン賭博に関する清廉潔癖性」に関する議決(2008/2215(INI))を定めている。また、2010年10月にはEU閣僚会議が、EU加盟国における「ギャンブル及びベッテイングに関する枠組みに関する結論」を採択したが、各国毎の規制の必要性と有効性、域内における規制当局間の連携と協力の必要性、ロッテリー等の社会に対する持続的な貢献・役割の再認識等が主張されたのみであって、あるべき共通的な一般論をまとめたに過ぎない。
上記動きを踏まえて、欧州委員会は2011年3月に、「域内市場におけるオンライン賭博に関するグリーン・ペーパー」(Green Paper on on-line gambling in the Internal Market)並びに、事務局作成付帯書類を公表し、同年7月を期限とし、広く公開意見を募る手段をとった。まず、オンライン賭博を手掛かりに、域内の事情と事実を正確に把握、公表し、課題を抽出して、EU域内の規律は如何にあるべきかに関し、各国の為政者、関連する事業者・団体、市民の意見を募り、これをあるべき制度設計に生かすという試みになる。この結果はいまだ議論の過程にあるが2012年以降のEUの行動計画の中に反映される可能性が高い。
各国為政者を含めた方向性としては、
① EU域内全体を対象とするオンライン賭博市場を律する何らかの法的枠組みを導入することに対しては、市場関係者の間では好意的で反対論は少ない。
② 但し、この共通的なルールは、加盟各国が、加盟各国の意思により、自由にそのルールをより厳格化することは妨げない。
という内容になる。この結果、消費者保護を前提とした、EUレベルでのオンライン賭博基準・標準がルールとして制定される可能性がかなり高まったことになる。勿論これは最低線の基準であり、状況次第では各国毎にその規制は厳格になりうることになる。この場合、EUと各国規制者という二重の認証になり、EUが認定する安全賭博マーク(EU secure gambling mark)なる考えを導入してはどうかとする考えもある。但し、より厳格な各国規制当局による規制がある場合には、この方が当該国の国民にはより信頼できる仕組みになる。EU議会は賭博行為に関し、何らかの域内調和(Harmonization)規定を設けることには継続して反対しているのだが、一方EU委員会は2012年10月に、消費者保護を目的に何等かの共通的な規範形成に関し、2013には行動を起こすことを明言している。
上記は、EU域内における統一的なルール策定に向けた第一歩の議論がようやく始まりつつあることを意味している。但し、あくまでも国境を跨るオンライン賭博に関してのみの議論になり、賭博行為全体を対象とするルールや制度設計になるにはまだ時間がかかりそうである。欧州全体が、よりオープンな形の制度になるにはまだほど遠いと共に、国境を越えた欧州域内賭博ライセンス制度ができる状況にはいまだ無い。欧州のかかる状況は、制度的にはカオスと表明する向きもある。但し、趨勢的には、国による独占的な賭博市場は段階的に、かつ、分野別に少しずつ、オープンになりつつある。少なくとも、国による賭博独占行為は趨勢としては段階的に崩れつつあると共に、域内に共通的な慣行や制度の仕組みが段階的に構築されつつあると判断すべきであろう。