英国の2005年統合賭博法は、賭博問題に関する調査研究並びに防止・抑止、及び賭博依存症患者の治療のための財源を確保することを目的として、政府が賭博業に従事する民間事業者に対し、「賭博依存症賦課税」(Problem Gambling Levy)を課す選択肢が可能なることを規定している。但し、議会並びに財務省の合意を取得することが条件となっている。一方、この規定はできることを規定しているのみで、民間事業者による反発により、現在に至るまで発動されていない。結局、依存症問題に対する政策の遂行に必要となる財源は、専ら民間事業者による任意の拠出金・寄付金に依存せざるを得ないというのが現実となった。興味深いことに、この在り方は、2005年から2012年までに異なった3つのフェーズで実践されてきている。
①2005年~2008年:
当初民間資金受け入れの窓口となったのは、賭博政策に関するバット報告が政府に提示された後に設立された非営利団体である「責任ある賭博信託基金」(RIGT, Responsibility in Gambling Trust)である。この信託基金が民間事業者から寄付金を募り、これを財源に調査研究、教育、治療等の分野のサービス提供者(調査研究機関、カウンセリング・治療機関)からサービスを購入する形で政策が実践された(「任意拠出金方式」)。一方、任意拠出金だけでは活動資金に不足をきたし、充分な治療サービスの体制もできず、長期的な政策対応プログラムに対応できないという事情が生じてしまった。
② 2008年~2012年:
2007年主務官庁であるスポーツ・メデイア青年省は、ギャンブリング委員会に対し、寄付方式の効果とレベルを評価することを諮問。この結果既存のシステムを変えることが推奨され、2008年から実践されたのが「改訂任意拠出金方式」になる。これは下記を特徴とする。
✔英国ギャンブリング委員会の配下に専門家9名で構成される国の機関として、「責任ある賭博のための戦略的委員会」(RGSB, Responsible Gambling Strategy Board)を設け、賭博依存症問題に関する調査研究、教育、治療等の政府としての対応方針、戦略、優先度を決める戦略的決定機関とした。
✔従前から存在したRIGTの機能を二つに分け、資金調達機関としての「責任ある賭博の為の基金」(RGG, Responsible Gambling Funds)と治療やサービス等の供給者を選定し、サービスを提供するための予算の配分機関となる「賭博研究・教育・治療基金センター」(GREaT, Gambling Research, Education & Treatmemt Foundation Center)を設け、両者をギャンブリング委員会の下に設置。前者は資金調達機関で、民間事業者と交渉し、3年間リボルビング式資金拠出コミットメント(年£500万相当額でリボルビングとは不足分があった場合必要額を充填する仕組み)を取得、これを後者のセンターが入札にかけ、サービス事業者を選定、事業の成果をモニターし、評価する仕組みを作った。同時にこのセンターは上位にあるRGSBの事務局機能をも担う。この二つの組織は国の機関でありながら、民間主体も出資参加できる株式会社形態をとった。
✔三つの専門組織を設けたのは、調査研究や教育・治療の分野の財源として、効果的に資金を集め、配分する必要に迫られたからである。単一組織、任意の資金拠出となると当初は中長期的なプログラムやサービス提供への財源が確保できず、人材も育たないという事情があった。権限を分散し、業務を効率化しながら、説明責任を果たせる仕組みを志向したことになる。また任意拠出が基本である以上、民間事業者は、ギャンブリング委員会やRGSBに対し、直接意見具申ができる仕組みとし、あくまでも合意を得て、3年間の資金拠出コミットメントを求める内容でもあった。
③2012年4月以降:
2011年になり、再度上記仕組みを再考する動きが生じ、結局2012年4月1日より、RGSBの役割、機能は継続させながら、その下にある二つの組織を統合させ新たに、独立した慈善団体として、「責任ある賭博基金」(RGT, Responsible Gambling Trust)を創設することになった。これにより、国としての戦略はRGSBが継続的に担い、財源のための資金調達とその配分は一体化した組織が担うことに戻っている。これは2009年迄に寄付として1,500万£を集めることに成功し、毎年民間事業者から500万£の寄付を確実に集金できる実績と目途がついた為と想定され、寄付金徴収よりも、如何に政策を実践するかにより重点を置く施策を重視したためである。
英国での経験は、賭博依存症に関する政策は、まじめに対応した場合、需要と供給を抑制する側面があるために、このための財源を民間事業者の任意拠出に頼る場合には、かなりの政策的配慮が必要になるということを示唆している。英国ではもし、任意拠出がうまくいかない場合には、制度としての強制的課金方式もできる仕組みになってはいるが、あくまでも民間事業者、業界との対話により必要となる中期の資金拠出を自主的にコミットさせ、安定的な財源を確保し、複数年に亘る政策プログラムを実践するという他国には見られないユニークな手法となっている。強制ではないが、完璧に任意でもない、第三の道ということになる。但し、これら財源措置により、かなり安定的な依存症対応施策が実践できる体制になったことも間違いない。