スイスでは過去、連邦憲法第35条により僥倖によるゲーム等の賭博行為は禁止されており、法的にはカジノも賭博施設も存在しなかった。一方、現実と言えば、州(カントン)レベルでは州政府許可に基づき、クルーザールと呼ばれる類似的遊興賭博施設が存在した(一種の技量をベースにした遊技で法が禁止する僥倖をベースとした賭博施設ではないとして生まれ、根づいてしまったものである)。制度と現実に一種の矛盾が存在していたことになる。この状況はその後、観光振興等を目的として、カジノ賭博を法的に認めようとする政治的イニシアチブが連邦議会・政府内部で起こり、1993年の国民投票により、この連邦憲法が改正され、是正されることになる。これは、賭博行為に関する許諾・規制権限が連邦政府にあることを明記し、新たな賭博類型としてのゲーミング・カジノをコンセッション付与方式により実現し、これを規制・管理することにより、制度として認めるという制度改正になる。この憲法改正に基づき、1997年にカジノ賭博を実施する立法案が国民に提示され、1998年12月に連邦議会は新たな法を制定(「連邦賭博及び賭博施設法」Loi Fédéral du 18 décembre 1998 sur les jeux de hazard et les maisons de jeu LMS RS935.52)、国民による直接投票、同意を経て、2000年から施行されている。この法は、カジノを類型化し、ゲーム種・設置機材等に制限のない都市型のA類型と、ゲーム種・設置機材等に制限があり、顧客が季節的に偏るリゾート地に設置されるB類型に分けて一定数のカジノを設置するという内容になる。また、この結果、従前より存在したクルーザールは廃止された。
上記基本法に基づき、2001年10月連邦政府評議会(政府)はカジノの設置総数を定め(A類型のカジノを7ヶ所、B類型のカジノを14ヶ所)、事業者選定プロセスを公示、事業者と地点とを同時に選定する手法により、コンセッションが付与された。かかる過程を経て、2002年6月に最初のカジノ施設が開設されている。その後、付与対象事業のうちB類型のアローザとツエルマット地区の選定事業者は事業性が無いことを理由にライセンスを2003年、2004年に辞退。結果、A類型ライセンス7事業、B類型ライセンス12事業の計19事業が残っている。尚、2007年3月9日、連邦政府評議会は当面カジノ施設総数をこれ以上増やすことはない旨宣言している。一方その後のカジノ施設の順調な発展に鑑み、連邦政府は2010年にこの方針を転換し、2つのライセンスを追加することを決定、選定手続きが開始され、2011年6月にチューリヒ市にA類型のカジノを1ヶ所、ニューシャテル市にB類型のカジノ1ヶ所を追加することになり、これら施設は2012年末から開業している(都合21施設が現存する)。興味深いのはこの2ヶ所の地点は、予め政策的に決められており、特定のコミューン、類型を対象に事業者選定・施設認定の入札を国の規制機関が行ったことで、当初用いられた手法とは少し異なった手法になった。
このスイスのゲーミング・カジノ法制度は下記特色を保持している。
① 戦前の制度や歴史的背景とは関係なく、全く新しくゼロからカジノ制度が設計され、実現した欧州における最も新しい制度の一つとなった。諸外国の実態をふまえた上で慎重に制度設計をし、これを着実に実現したケースでもある(フランス、ドイツ、英国、オーストリー等は制度としては古すぎたり、極めて、特殊すぎたりする背景をもっており、新たな制度設計の参考にはなりにくかったという事情がある。この意味ではスイスは米国式と過去の欧州制度の良い所を合わせ持っている)。
② あくまでも国法(連邦法)による規定で例えばドイツの様な州法ベースでの法体系ではない。これに伴い、国の機関が一元的に全体を規制し、監視する体制が採用されている(分権が主流のスイスでは珍しい考え方になる)。
③予めカジノの施設総数を定め、民間主体に対するコンセッション付与方式により、地域・地点と事業者とを同時に選定する手法を採用した。尚、ライセンスは、「設置ライセンス」と「運営ライセンス」の二つに分かれており、両方がなければカジノは実現できない(二つのライセンスは異なった主体が保持し、契約行為にて一つのカジノが実現するということもあることになる)。尚上述の如く2012年に追加された二つの施設は、地点は最初から政策的に決まっており、これをベースにした事業者のみを選定する入札手法が取られた。
④ 国の機関となる規制当局(連邦ゲーミング委員会)と公安当局(連邦司法警察省、州政府警察等)の機能を明確に峻別し、分担しあう仕組みが採用されている。一方、射幸性判断等の技術的詳細は主務官庁である連邦司法警察省が関与する。法や規制は厳格だが、監視のための行政システムは簡素化していること、また法の執行には特段の特別組織を制定しているわけではないことが特徴的になる。規制当局というよりもスイスでは特別立法措置に基づく国の「監視機関」と位置づけ、最終的な判断は連邦政府評議会(政府)が担うという構図に近い。
⑤ 地域社会の合意形成要件や税収の完全目的税化(連邦取り分は全て国民年金基金に充当、地方政府取り分は、使途は自由)、社会的危害縮小化施策を法律上の義務として施行者に課すなど、他国にはない新しい制度的考え方が採用されている。
⑥ 電子式会計管理システムの導入によるオンライン規制監視(事業者が自らの費用で管理監視システムを構築し、その端末を規制当局にも設置させ、オンラインで運営の状況をリアル・タイム把握できるシステムの設置を事業者に義務付けたもの)なども新しいスリム化された監視体制を志向するもので、他国にはない考え方になる。