スイスでは、2000年新たにカジノ法制度を創設する際に、賭博依存症対応施策を法律の枠組みの中で(「連邦賭博及び賭博施設法」及び関連「施行令」)明確に位置づけるという先進国としては極めて斬新な手法を採用した国である。賭博依存症に対する様々な施策をスイスではSocial Concept(社会的配慮事項)と定義し、その実践を施行者の義務とする法律上の構図となる。賭博行為を広範囲に認めることに対する国民の懸念を払拭することが、制度制定の当初からの政策的意図になったため、単純に財源の手当てをして、既存のステークホルダーの善意や任意に委ねるという考え方を取らず、明確に一定の行動を自らの責任で担うことをカジノの施行者としての法律上の義務としたことになる。よって、施行者の総粗収益から強制的に一定の賦課金を徴収し、これを依存症患者対策に配分するという他国に見られる手法はスイスでは採用されていない。これは依存症問題に対する対応施策の実践が当初から施行者にとり費用化されることを前提としていることになる。
上記法及び施行令は、カジノのライセンスを申請する民間主体に対し、下記を申請提案の中に含むこと、かつライセンスが認められた場合、その履行を義務付けることを規定している。即ち、①賭博依存症に対する対応施策を策定すること、②顧客に対し、賭博のリスクを周知徹底する情報提供手法を考慮すること、③依存症患者を早期に特定するための(資格ある第三者による)職員教育・訓練プログラムを策定すること、④賭博依存症患者の入場を禁止するあるいは制限するための諸施策を考慮すること、⑤賭博依存症の症状を呈する顧客に対し、必要な支援・援助のサービスを提供すること、サービスが受けられるような体制を取ること、⑥賭博依存症患者に関するデータ・ロッギング(データーの記録、収集、当局に対する報告)を実践すること等になる。法律は2000年に制定され、事業者が選定され、2002~2003年から施設が開業することになったが、当初は、各施設がバラバラに依存症患者問題に取り組み、施設間での整合性がとられず、かつ国の機関も明示的にこれを是正する動きを取らなかったのが実態となった。一方、地域的には例えばバーデン、ベルン、ルッツエルン、ニューシャテルのカジノ施設は、ルッツエルン高等社会科学大学院と協働して、これら施設群がグループとして、Careplayと称するプログラムを開発、同じSocial Conceptを開発し、共同してガイドラインを設け、共同の運営委員会、監査委員会等を設け、独自のシステムを実践する動きもでてきた(大学院は、実際に運営・監査の枠組みに参加し、Social Conceptの実践に参加するもので、アドバイス、監査、評価、ツールの開発、教育、調査研究、情報提供等広範囲な役割を担っている)。一方、法施行後4年目の時点で、19のカジノ事業者の内17社が加盟するスイスカジノ協会(Schwizer Casino Verband, Switzerland Casino Federation)は、業界内でSocial Conceptの考え方、手順、施策に関する調整、統一化を試みることになり、2006年以降、ほぼ全てのスイス内のカジノ施設において、類似的な手順による賭博依存症患者に対する対応施策が試みられている。未だ制度的な調整の枠組みはないが、個別企業間での共同ワークや、業界団体を通じての調整ワークにより、Social Conceptの概念を国全体として類似的なものに取りまとめていったというのが実態に近い。
現在では上記Social Conceptは、概略下記側面に亘り、各カジノ施設で実践されている。
① リスクのある顧客を早期に察知し、賭博依存症を防止する諸施策:
✔顧客に対する賭博リスクの周知徹底、顧客に対し自己評価・判断質問事項を提示し、自分の症状を自覚させる配慮の実施。
✔顧客に対するアドバイス、カウンセリング等の実施、依存症自助努力グループやその他のNPO等に対する財政的支援。
② 顧客の強制排除と任意排除:
✔カジノ事業者による顧客強制排除。本人同意は不要で、法律上の欠格者のみならず、施行者が不適切と判断した顧客は、強制的に排除できる。
✔顧客の本人申請による任意排除。所謂自己排除の考えになり、本人の任意申請によるカジノ施設からの排除の仕組みになる。
③ カジノ施設の職員、従業員教育:
✔適格な第三者による(問題ある顧客を事前に察知する)職員に対する基礎的な訓練の実施。また毎年リフレッシュ教育・訓練の実施。
✔職員の為のガイドライン、チェックリスト等により、リスクの兆候がある顧客を早期に察知し、対話を実践することで、止めさせることの徹底。
④ 賭博依存症患者のデータログ、記録収集並びに規制機関に対する報告:
✔依存症患者のデーターを収集、記録し、毎年規制機関に報告する義務。
依存症対応策の計画と実践を、制度上施行者固有の義務とする考えは、その他の国ではあまり採用されていない。事業者側に義務とされることに対する強い反発があると共に、営利事業としての企業行動と社会的危害防止策のバランスを取ることが、難しくなるというのがその理由である。但し、スイスにおける実践は、やり方次第では、これも効果的な一つの手法たりうることを示唆している。