スペインは、2011~2012年以降、欧州通貨危機の当事国でもあり、4年も続く不景気、厳格な緊縮財政政策、高い失業率等様々な経済的課題を国内に抱えた国になる。もっともこの国は国外観光客を惹きつける魅力があるという点では世界第四位の観光国でもある。ラテン系気質の国民性もあり、本来国内需要としても賭博需要は強く、賭博行為に寛容的な風土も存在する。この結果、州毎に、主要な観光地にはいずれも陸上設置型カジノ施設が存在する。カジノ施設の設置に関する許諾、あるいは規制や監視も厳格なものではなく、かつ伝統的なスペインのカジノ施設とは、地方の観光地にある、中小規模の余興施設というイメージが定着していたのが実態でもあった。欧州におけるカジノ施設とは、税率の高さや個別の国の厳格な規制の存在から、米国的な様々なアメニテイーや関連付帯施設を併設する複合的なリゾートとしては成立しにくい風土や制度的環境があったことも事実であろう。
一方、この風土や環境、制度にチャレンジする動きが2011~2012年にかけてスペインで生じた。米国的な複合型観光リゾート施設を誘致することにより、観光客増、地域経済振興、経済再生、雇用増、税収増を実現しようというもので、「ユーロ・ベガス構想」とか「・・・ワールド」等と呼称し、本来顧客を惹きつける観光特性の高いスペインに、巨大な複合型リゾート施設を設置するという野心的な考えになる。仕掛け人は、世界最大のカジノ運営事業者である米国サンズ社のアデルソン会長だが、2011年~2012年にかけて、スペインの地方政治を大きく動かす投資誘致合戦に発展してしまった。総投資額350億米ドル、12のリゾートホテル施設、9つの劇場、6つのカジノ施設、3つのゴルフ・コース、スタジアムを建設しようとする計画で、全体計画としては25万人の雇用を創出し、地域社会や国に巨額の経済効果をもたらすことができるというプロジェクトになる。制度的には新たな陸上設置型カジノ施設を認めるか否かは、基本的には州政府の所管事項になり、国が関与する問題ではない。この世界最大のカジノ運営事業者の呼びかけに呼応し、誘致を呼びかける地方政府がいくつでてきてもおかしくはないのだが、結果的にバルセロナ市とマドリッド市との間における投資誘致合戦が生じてしまった。スペインの地方政府にしてみれば、自らの財政負担無しに、巨額の外国投資を誘致でき、雇用や税収等、計り知れない経済効果をもたらすことができる。この結果、二つの地方政府が様々な恩典や好条件を提示しあうという競争が生まれ、当該米国企業も投資の前提条件を提示するという具合に話が展開していった。単純ではないのは、米国企業が要求した条件は、地方政府の判断のみでは処理できえない項目も含んでいると共に、国の立場からしても、もし、一つの外国事業者に極めて有利な特例を認めることになった場合には、他の外国投資事業者に対しても、類似的な条件を提示せざるを得ない状況が予想されたからでもある。
具体的な問題となったのは、①事業に従事する米国人職員に対するビザ制限の緩和、②地方政府による一定期間に亘る賭博税の減免、③その他様々な公租公課の減免、④場内喫煙禁止規定の例外的排除等になる。国~地方政府間での調整はできておらず、単純な形で解決策はないという制度的な不安定さを残す状況をもたらしてしまった。もっとも地方政府レベルでも反対派は存在し、バルセロナでは、米国事業者たるサンズ社のマカオ及び米国ネバダ州における既存の訴訟問題から、同社の廉潔性を懸念する政治的主張がなされ、同事業者がこれを忌避し、結局、2012年秋に、バルセロナではなく、マドリッドとの交渉が、本命とみられるようになってしまった。勿論これらはまだ初期段階での事業化検討にしかすぎず、様々な課題が存在し、単純に実現できると考えるのはあまりにも甘すぎる。スペインの経済的現状を見た場合、地元融資機関を含めて、かかる遊興施設の実現のために、巨額の資金調達に呼応できる金融機関が存在するのかについては大きな懸念も残る。
欧州大陸においては、現在に至るまで、米国的な巨大投資を伴う統合型リゾートを作ろうという動きは、英国やスロベニア等にも過去存在したが、いずれも様々な制約要因を克服できず、実現できていない。小規模、多数を前提として長年に亘り成熟市場を形成してきた欧州市場においては、市民社会におけるカジノ施設の位置づけは米国とは大きく異なる。この欧州諸国において、米国的なマス市場を狙うカジノを核とするIR(統合型リゾート)やMICEが実現できるか否かは、未だ定かとはいえない。