前述のごとく、オーストラリアでは賭博法制度は州毎に異なる分権制を基本とするが、連邦政府の大きな趨勢としては、これら各州の制度を調整し、個別州の権利を尊重しながらも、国としての全体的調和を目指す方向へと、転換しつつある。連邦政府は、この為に2008年に、国の政策シンクタンクともいえる「生産性委員会」(Productivity Commission)に対し、1999年に同委員会が実施した調査報告書を再検証し、特に賭博行為がもたらす社会的危害の縮小施策に関し、政府が取るべき新たな賭博政策の在り方を1年かけて纏めることを要請した。2009年10月に報告書素案が提示、公開され、2010年2月までの間にパブリックコメントに付され、意見調整の上、最終報告書が連邦政府に提出された。この報告書は600ページを超える膨大なものとなるが、その後、オーストラリアにおける賭博制度の在り方やその政策決定に大きな影響をもたらしつつある。
この検討の主たる目的は,依存症問題等賭博行為がもたらす社会的費用や、既に導入された社会的危害縮小施策の効果、賭博行為の消費者への影響に対する政策のあり方等に焦点をおき、様々な政策課題の検討と検証を行うことにあった。
即ち、
① 電子式ゲーム機械の供給数と依存症問題への関係性の検証(機械設置場所、設置数、アクセスの容易さ、競争的圧力等が社会にもたらす影響度の検証)、
② ゲーミング産業の構造の検証(施設と機材の所有権の在り方、施設地点場所の在り方とその変更)、産業自体の将来の趨勢、技術変化への対応とこれら変化がもたらす社会的費用と便益の検証、
③ 依存症患者対応策の在り方の検証(1999年以来の国民の依存症プロファイルの実施検証、対応策の検証等)、
④ 課税問題の検証(間接税導入以降の州政府賭博税収の趨勢への影響度の検証。賭博種間の税率是正、技術変化(インターネット)が課税にもたらす影響、州毎に異なる課税体系の調和の必要性、電子式ゲーム機械課税の適切性の検証、追加的課税の検討)、
等である。
オーストラリアでは、ゲ-ミング産業自体は成熟化した産業となっており、これが大きな経済効果・観光振興効果や、地域振興効果、税収への貢献等を果たしたことを上記報告書は認めている。一方、カジノの施設数は増えているわけではないが、カジノ外に設置された電子式ゲーム機械の総数が市場において急成長し、この結果として、国民による賭博行為へのアクセスが容易になった点を市場の特徴的な発展形態として指摘している。これに伴い、社会的問題としての賭博依存症への対応が、国や地域としては大きな政治的・社会的課題になり、①市場の適切な管理と、②需要抑制策としての施設機材設置数の制限、③このための課税強化措置の必要性等が指摘されると共に、州政府、地域毎にバラバラであった課税のあり方や規制の在り方を統一することが、大きな政策的選択肢として提起された。
この結果、政策の方向性としては、
① 過去、賭博法制はあくまでも州政府管轄事項として、連邦政府は積極的な関与をしてこなかったが、州政府による独自性を保持しつつも、制度の差異がもたらす課題をできる限り縮小化するために、連邦政府レベルで、何らかの制度の調和を図る必要性が指摘されていること、
② インターネットによる賭博行為は、国民は現実問題としてこれに参加し、市場が存在している以上、国としての何らかの明確な統一的規制により、制度的にこれを認知して、必要な施策対応を図ること、
③ 連邦政府がカジノ売上に課す付加価値税(GTS)と各州政府がカジノ売上に課すカジノ税との間の税率差を調整すること、
④ 電子式機械ゲームがもたらす社会的危害の縮小化施策を徹底すること
等が挙げられた。国としての制度的調和という考えが新たな方向性でもあり、この方針に基づき、州際間の大臣・関連省庁を含む賭博制度改革の議論が2010年以降開始され、オーストラリアの各州における制度自体が大きく変わりつつあることが現状になる。
このように、生産性委員会(Productivity Commission)の報告書は、従来州政府毎にバラバラであった賭博関連施策の一部側面に関し、より整合性・一貫性のある連邦政府によるイニシアチブを期待する方向性を明示したことになる。これに伴い、中長期的には、段階的に連邦政府の関与、規制の厳格化が図られることが想定されるが、連邦政府と州政府との法律上の権限や機能をどう整理し、これを実現するかに関しては今後の課題になる(連邦憲法を変えない限り、単純に州政府権限を連邦政府が凌駕できるわけではない)。