カジノの施行は、ポルトガル時代は政府による民間主体に対する特権的なコンセッションとして個別の契約的枠組みとして構成されたために、必ずしも一般的な制度があったわけではなかった。制度ではなく、行政契約としてのコンセッションの枠組みの中で、権利義務関係や施行の在り方を取り決めたわけである。よって、効率よく税徴収するために、単一事業者に独占権を付与することが前提になったと共に、事業者の健全性や清廉潔癖性、あるいはカジノ自体の健全性等は問題にもされなかったのが現実でもあった。ポルトガルから中華人民共和国にマカオが返還された後、2001年以降になり初めて、しっかりとした賭博法制度の必要性が認知され、段階的に制度と規制の仕組みが体系的に整備されつつある。これにより、外資を含む多様な民間主体が、競争的な環境の中でカジノ業を営なむことが可能となった。
マカオにおけるカジノを律する法制度は、法、規則並びに特別行政区長官令等より構成される。これら法規定と共に、個別の事業者と締結されるコンセッション契約の諸条件や契約的義務が総体として事業者に課される。コンセッション契約が法規定を補完し、法規定と個別の事業者と締結されるコンセッション契約の詳細規定に基づき、カジノの設立・施設の整備、運営及び監督・規制がなされることになる。
基本となる法律の枠組みは下記となる。
1. 2001年法律第16/2001号:
「僥倖に基づくゲームの運営に係わる法的枠組みに関する法律」。基本法とでもいうべき法律になるが、必ずしも完璧なものではない。段階的にその解釈や運用詳細を規則や命令等で補完しているのが現実である。
2. 2004年法律第5/2004号:
「ゲームの与信に関する法的枠組みに関する法律」。顧客に提供するチップを通じて、コンセッション事業者、サブ・コンセッション事業者、ゲーミング・プロモーター(ジャンケット)が顧客に信用(クレジット)を与えることを認め、顧客にとり債務の返済が民法上の義務を構成することを取り決めたものである。この法律ができるまで、マカオでは、ハウスが顧客に対し、賭博行為に係る資金を貸し付けること~クレジットを提供すること~は慣行としてなされていたが、違法であった。この違法状態を是正し、合法化したことになる。与信の付与は中国本土から来訪する高額取引顧客であるVIP顧客を誘致するための必須の要素ともなり、その後のマカオ・カジノの発展を支えたという側面がある。
3. 法律第2/2006号:
「マネー・ロンダリング犯罪の防止に関する2002 年法律2号」。マカオ銀行のテロへの関与等国内外の批判に基づき制定されたもので、諸外国同様に疑わしい取引報告が事業者の義務として課された。詳細は、行政規則7/2006号(マネー・ロンダリング犯罪の防止と撲滅に関する行政規則)で規定されている。
一方上記法律に基づき、様々な付帯的行政規則が細則として制定されている。また、個別の判断は長官命令などにより、取り決められている。特別行政区長官命令や行政令による規定で、詳細を決める手法は制度的には脆弱といわざるを得ず、政策変更に伴うリスク自体が大きい事を意味している(最も、マカオの法制度やマカオ自体の中国における位置づけが安定的か否かという本質問題も存在する)。歴史的な経緯により、法制度の基本的考えは、ポルトガル政庁時代の考えを踏襲し、全ての法令・規則等も中国語とポルトガル語が正文として利用されている。この意味では、法律的な考えは東洋と西洋のアマルガムに近い。またコンセッションの考え方や法的な考え方は大陸法系の考え方を踏襲しているという特殊事情がある。
尚、マカオでは未過去成年による賭博行為参加を制度的に規制していなかった(この意味ではその是非は別にして、未成年による賭博行為参加は違法行為ではなかったのだが、最近になり、18歳未満参加禁止の規定が設けられた)。また、賭博依存症への対応に関しても、何らかの政策的検討や具体的な措置が図られているわけではない。地域社会全体がカジノに依存した経済であり、社会的な影響度や否定的な要素に関しても、未だ精緻な調査や検証はなされていない。市民団体やNPO等の互助組織ボランテイア組織が賭博依存症問題を取り上げてはいるが、積極的な活動を担っているとは思えない。規制機関となるゲーミング検査・調整局(DICI)、社会福祉局、教育青年局とマカオ大学、マカオ政治技術大学が共同して、「特別行政区業際賭博依存症作業準備ユニット」を設け、政策と施策手法の検討等が実践されつつあるが、本格的なものではない。顧客の主体は中国本土や香港からの中国人となるが、当然一部マカオ地域の住民も参加しており、賭博依存症は地域内にも存在すると想定されると共に、問題は国境を越えて拡散していることになる。本来、中国や香港とも連携した何らかの政策的対応が必要になるが、その気運は無い。マカオは特別行政区であって国ではない。一方その顧客の過半が中国・香港であるならば、社会的な影響度は地域を越えて、中国・香港にとっての問題であるといってもよい。
この様に、マカオの制度的特徴は、①必ずしも精緻な制度や規制の仕組みではないこと、②経済的利害の追求が第一義的で、中国返還以降、大きな健全化がなされたが、いまだに昔の遺制を引きずっている側面もあること、③制度的な不安定さや、政治的恣意性が行使されるリスクが極めて高い市場であること等にある。