統合型リゾートとしてカジノ複合施設を考えるという新しいアプローチは、一部米国の主要都市や、オセアニア諸国でもみられた考えでもあったが、シンガポールの考えはその規模、斬新性、インパクトの在り方に関しては群を抜いた考えと事例になり、新たなチャレンジをゲーミング・エンターテイメントの世界に提供することになった。現代先進諸国において、新たにカジノ・ゲーミング賭博の制度を構築して、実践する場合には、このように新しい切り口や考え方を国民に提示して、合意形成を図るとともに、市場を喚起することがベスト・プラクテイスになりつつある。
例えば、シンガポールにおける「統合型リゾート」方式の考え方の特色は下記にあるといえる。
① マリナ・ベイ開発はシンガポール中心市街地を囲むベイ・エリアの一体開発でもあり、中心市街地の適切な拡大を企図したもので、1960年後半頃より段階的に実践されてきた都市開発計画でもある。この未利用地区を活用し、「働く」、「住む」という機能と共に、「遊ぶ」という概念に基づき、様々なビジネス客や来訪観光客のニーズを満たす複合観光施設として実現した施設がマリナ・べイ・リゾートである。一方セントサは従来から同島に存在した家族向けリゾート機能を強化するテーマパーク・リゾート施設になり、コンテンツの斬新さで顧客を引き付けることを目的とした施設でもある。内、マリナ・ベイに関しては、2012年に地下鉄駅が新設され、アクセスの利便性が格段に向上し、同時に港側にガーデン・バイ・ザ・ベイと呼称する巨大な庭園が公共投資で整備され、新たな観光的魅力を追加している。いずれも従来の東南アジアには存在しないパターンの開発事例となり、その存在自体が他国から観光顧客を呼びこむ効果をもたらした。
② 遊び、カジノ、ビジネス、コンベンション、観光等を包括する概念としての「統合型リゾート」という概念は、賭博に対するアレルギーを和らげると共に、単純なカジノ複合観光施設以上に、集客や消費のシナジー(相乗効果)を狙ったコンセプトになる。これに伴い、施設の巨大化、多機能化が進み、巨大な投資を必要とする開発案件ともなった。開発行為自体が都市を変える側面があり、来訪客数の増加やこれがもたらす経済効果は極めて大きなものとなった。
③ 国の開発計画の中にうまくカジノ開発を位置づけ、国民の合意形成を図ると共に、世界中の投資家や事業化の興味を惹く一大キャンペーンにより、最大の投資と最大の経済効果をもたらす主体をうまく選定するという政策手法が取られた。確実に投資家が存在し、効果的な競争がなされ、現実に資金が投資されなければ絵に描いた餅になる。実効性があるスキームを構築し、これを実現したことにシンガポールの強さがあった。
この様に、シンガポールに象徴される現代社会におけるカジノを含む複合観光施設とは、下記の如き共通した特性を保持している。
即ち、
① 都市再開発や都市開発とも絡み、都市全体にも影響を与える巨額の事業として構成され、都市の象徴的な施設(メルクマール)ともなる戦略的な複合観光事業として実現されていること、
② 中長期の都市開発のマスター・プランの一環として「統合型リゾート」を位置づけ、この中でエンターテイメント・ゾーンやMICE区域を配置し、これをドライブする核としてカジノ施設を考慮していること、
③ ハードな施設自体にも何処にも見られないアイコニック(象徴的)なデザインを工夫し、顧客を集客できる魅力が随所に考慮されていること、
④ 大型化、多機能化、多様なアメニテイーの提供という形で、複合化、多様化が極度に進み、最早単純遊興施設とはいえないこと、
⑤ 多様な利害関係者の利害を調整し、合意形成に繋げる政治的配慮と仕掛けが実践されたこと、そのための強力なリーダーシップと政治力が存在したこと、
⑥ 観光やビジネスのハブに位置し、アクセス性、利便性、快適性、あらゆるニーズへの対応可能性を持つ多機能空間として構成されていること、
⑦ 都市計画の中で明確な位置づけがされ、エンターテイメントや遊び、都市がもたらす遊びやエクサイトメントも都市の戦略的な要素としてこれを構成し、人を惹きつける魅力を増やしていること、
等である。
エンターテイメントや遊びは現代社会において、都市が持つべき新たな戦略的観光資源ともなってきつつある。如何にこれを都市計画や都市再開発に結び付けて、新たなハードやソフトを効果的に提供することができるかが集客と消費の鍵なのであろう。シンガポールが今後如何なる戦略的発展を示すのかに世界の注目が集まりつつある。