シンガポールにおける現行法であるカジノ管理法は施設開業前の2006年に制定・施行されたもので、実際のIR施設の開業、法に基づく規制が実践されて既に2年以上を経たことになる。IR自体はシンガポールの経済と観光振興に顕著な貢献をもたらしたことは疑いなく、その施行に際しても、厳格な制度と規制が施行され、当初から法と秩序は遵守され、順調な運営がなされている。但し、この制度は、まだカジノが存在していない時点での規制の枠組みでもあった。2012年に至り、開業後2年を経て、カジノの運営規制の在り方や現実の監視等を通じ、現行法の一部を現実に即して見直すべしという声が政府内部より主張されてきた。内務省(MHA)、地域開発青年スポーツ省(MCYS)、財務省(MOF)及び規制機関であるカジノ規制機構(CRA)は共同で、2012年7月に法律改正のためのパブリック・オピニオンを招請し、利害関係者からの意見聴取等を経て、2012年10月15日に改正法案を議会に上程し、同年11月15日に可決された。
法改正の目的は、1)当初の政策目的であったIRを設けるという政策とカジノの制度的枠組みとの間に一貫性をもたせること、2)法の執行の効果を高めること、3)制度的要請事項や運営手順等を国際的なベストプラクテイスや標準に準拠するように改めること、4)社会的な危害に対する弱者保護を強化すること、5)税実務を改善すること等にある。当初の法規定では想定できえなかった事象を制度上、より明確に定義したり、補完したりする必要性が生じたことになり、現実に合わせて、より合理的かつ、効果的な制度規範を設けようとした考えになる。
この主たる内容は下記になる。
① カジノ関連犯罪の詳細定義:
施設内部で違法な賭け行為がなされないよう事業者が適切な手順を設ける義務を新たに規定した。また、カジノ犯罪の定義として、(結果を知った後で)事後に賭ける行為、テーブルでのいかさま、指定区域外で1万㌦以上のチップを携行すること、偽造チップの保持、偽造に用いられる器具等の保持、ゲーム機械に対する不法な介入等を新たに規定している。
② ゲーム関連規則等:
カジノ及び特別職員に対するライセンス制度を強化する目的で、違反行為に対する罰則上限を百万㌦から総粗収益の10%に変更した。また特定の事象の場合、カジノ規制機構(CRA)に対し、カジノに従事する特別職員の職務を暫時的に停止する権限を付与。一方、カジノ運営・内部管理、ゲーム規則・ゲーム機械に関しては、より柔軟性を与え一部規則を簡素化した。また、顧客との係争事由の場合のCRAへの通告や、CRA係官によるいかさまによる勝ち分の押収権等も新たに規定された。国際マーケット・エージェント(IMA~所謂ジャンケットのことである)規制に関しては、シンガポール国民並びに永久居住者を顧客対象にしない義務が課され、違法行為の罰金を上げること、カジノ規制機構(CRA)に、事業者がIMAに支払うコミッションに上限を設ける権限、公益の為必要な場合、IMAライセンスを停止、剥奪できる権限を付与することを明記した。また事業者に対しては、違法なIMA類似行為を見つけ、ブロックする義務を課している。シンガポール永久居住者であるプレミアム顧客がクレジットを取得する際の追加手続きを規定(10万㌦の預託金がまずゲームのために引出される義務を含む)。また、政策決定に必要となるカジノ事業者からのデータ供出義務を新たに規定した。
③ 社会的弱者の保護:
国家賭博依存症評議会(NCPG)に対し、地域の財務的に脆弱な顧客でカジノへの訪問回数が多い顧客に対し、訪問回数を制限できる権限を新たに付与。また家族及び個人がカジノ施設訪問回数制限を申請することも可能にした。一方、NCPGの権限を強化し、家族が対象となる個人を見つけられない場合、家族が非協力的である場合、家族を保護するために緊急の対応が必要な場合等には、NCPGの判断で家族排除命令を出すことが可能になった。NCPGが排除命令、家族排除命令の解除申請を受けた場合、医療診断を受けさせる義務を課すことも新たに規定された。またカジノ事業者には関連省庁(MCYS)に対し、より詳細な賭博依存症方針及び実際の対応策を報告する義務(プリコミットメント・システム、顧客及び従業員教育等、事業者は国際的なベストプラクテイス及び他のカジノ施設と慣行をベンチマークする義務)が課される。顧客に対しては、追加的な入場料支払無しに24時間以上滞在する際の罰金の強化が盛り込まれた。
④ IRの経済的義務の明確化:
IRの事業者がIRを市場の要求と産業の標準を満たす観光施設として開発し、維持し、かつ推進することをより明確にした。この目的のため貿易産業省大臣の任命による評価委員会を設け、IRの成果に関する意見をCRAに提出させ、カジノのライセンス及び更新申請に際し、検討の材料にすることとなった。
⑤ 税実務の簡素化:
所得税副検査官、検査官補を任命し、IRAS(内国歳入庁)の職員が法による徴税義務を執行できるようにした。カジノ税の償還期限、データの共有化を定義すると共に、財務大臣に対し、プレミアムVIP顧客からの収益捕捉の管理に必要となる規則及び、ネットウイン計算公式等を規定する権限を付与することを明確化している。
いずれも規制強化というよりも、規制の補完、合理化また一部に関しては簡素化であり、現実に合わせて制度を合理的に変えていくという試みになる。