マレーシアは回教国であり、宗教的・政治的には、賭博行為を促進することは好ましくないというスタンスを歴史的に保持したままの国でもある。一方、国民は複数の人種より構成され、宗教的ドグマにとらわれない国民も数多い。かつ制度や文化の側面では英国の伝統も受け継いでいる。同じマレーシア人でありながら、回教徒であるマレー人は賭博行為には参加できないが、華僑でもあるマレーシア人やインド人は関係ないという状況になる。この結果、政府は一定の賭博行為を認める制度的枠組みを設けつつ、それ例外の賭博行為は厳格に取り締まり、かつ賭博行為自体を出来る限り抑制するという政策を取っている。許諾される一定の賭博行為は民に委ねることを基本とする制度的枠組みになる。かかる意味での賭博法制度は1953年一般賭博施設法(Common Gaming House Act)並びに改定1983年法第289号(Revised 1983 Act 289)によりその制度的枠組みが決められている。
基本的な現在の政府の考えは、①現状維持で今ある賭博施設は認める、但し新たな賭博のライセンス発行はしないし、認めないこと、②国内の回教徒は賭博を業として為すことも、顧客として参加することも禁止すること、③21才以下の未成年は賭博施設への立ち入りを禁止すること、④教育施設、宗教施設近隣、事務所や小売施設内における賭博施設の設置を禁止すること等になる。歴史的、民族的に一部賭博行為が事実行為として存在し、これを是認しつつも、新たな賭博関連施設や賭博種は認めないという考え方になる。この意味では国の施策としては抑制的な考え方をとっていると判断すべきであろう。
このマレーシアにはカジノは1ヶ所のみ巨大な複合的観光施設としてのカジノ施設が存在する。独占的事業者としてのゲンテイング社がその子会社たるリゾート・ワールド社経由所有・運営するクアラルンプール近郊の高原地帯にあるゲンテイング・ハイランド・リゾートである。極めて特殊な歴史的背景があり、実現したリゾート施設でもあり、上述した一般賭博施設法の枠組みを利用しつつ、この枠組みの中で、個別に免許(ライセンス)を大蔵省(金融管理局、ベッテイング管理ユニット)より取得するという形式でカジノ賭博が施行されている。この意味では、カジノ・ゲーミングのために個別の法律があるわけではない。かつ又このライセンスも四半期毎に更新される内容のもので、それが事実行為として数十年に亘り継続し、今日に至っている。このリゾートは不動産で富を為した華僑Lim Goh Tong (林梧桐)が、クアラルンプール近郊の高原地帯の山頂に避暑地型テーマパーク・リゾートを設置したことが嚆矢となっており、当該施設は当時マレーシアの観光産業を発展させるリゾートとして期待されていた。この建設途上で、リゾートの事業性を向上させ、マレーシア政府にとっても税のメリットがあるという理由により、特別許可によりゲーミング・カジノを同リゾートにおいてのみ施行する許可を特例的に、かつ政治的にLim Goh Tongが取得したということがマレーシアのカジノの発端でもあった。実際のオープンは1971年5月になり、その後同リゾートは大きな成功と施設拡張を継続し、世界有数の複合型リゾート施設カジノへと発展している。ゲーミングに参加できる顧客は国内の非ムスリム教徒(専ら華僑)や外国人に限定されるため、よりリゾート性の強いテーマ・パーク的な施設として、家族やムスリム教徒も楽しめる施設とした点が、成功の一因でもあった。尚、ゲンテイング・グループ自体は不動産、エネルギー、石油など多岐に渡る事業を手がけるマレーシア最大手のコングロマリットへと成長し、かつ海外への投資も意欲的に実施している(米国先住民カジノ・フォックスウッズへの融資、クルーズ船カジノへの参入、英国ブック・メーカーであるスタンレー・レジャー社の買収、シンガポール、フィリッピン、マカオ、米国等への投資等も積極的に実施している)。
マレーシア政府は、歴史的な経緯として単独、独占カジノを1ヶ所だけ認めているが、これ以上にカジノ免許の数を増やすという意向は無いことを明言している。また、上述したように巨額の投資を実行しながらも、施行に関する免許を四半期毎に更新するという極めて不安定な制度的枠組みを採用している。主務官庁としての大蔵省の関連部局の業務は、カジノだけに留まらず、全ての賭博行為に関し、①賭博に関する免許(ライセンス)、許諾等の更新、②賭博施設などの監視・検査、③施設の住所変更、主要幹部の変更等に関する申請処理、④プロモーションの為のコンペ等に関する許可付与、⑤賭博関連機械・機材・部品等を輸入する許可付与などになる。また、カジノ施設に関しては、当局の職員となるゲーミング査察官を常時カジノフロアーに配置しているとのことである。税は粗収益に対する課税で、従前は売り上げに応じて税率を変える逓増型であったが、1999年の制度改正により、固定率で25%となり現在に至っている(VIPと一般顧客を税率で区別しているわけではない。またこれとは別途、企業所得税として25%が徴収される)。マカオが大きく成長する前の段階においてマレーシアの上述施設は東南アジア最大のエンターテイメント・カジノ施設でもあった。極めて特異な立場で、近隣諸国を含めた華僑VIPを顧客として、囲い込み、大きな成功を収めた事例でもあった。但し、制度的には、詳細な規制の枠組みがあるわけでもなく、極めてグレーな状況が今日においても継続されている。