では、このカンボジアに隣接するベトナムでの事情はどうなのであろうか。カンボジアに比較し、ベトナムは経済発展が著しく、国民の民度や生活は格段に裕福であり、比較した場合経済的な余裕がある。かつベトナム人自身は、中国人と同様に賭博性向はかなり高い。一方、ベトナム国内では、ベトナム人が参加できるカジノ施設は存在せず、かつ制度的にもかかる賭博行為は認められていない。他方、外国人旅客のみを対象とした外貨獲得型カジノ施設はホーチミン市、ハノイ市あるいは著名な海岸リゾート地区の一部には存在する。都市部にあるこれらカジノ施設はスロット・パーラー的な施設が主体で、小規模でもあり、本格的なカジノ施設とはいえない。かつテーブル・ゲームは存在せず、スロット・マシーン、ビデオ・マシーン等の機械ゲームを主体とし、人間が介在した賭博行為がなされているというわけではない。制度的には、極めて異質だが、外国人顧客のみを対象とする特例的な外貨獲得施設でもあり、首相府・投資計画省(MPI)による投資行為に対する認可はあるが、賭博行為を制度として一般国民に認める内容ではない。一種の特権的な政府許諾により施行されていることになるが、これら外貨獲得型カジノの規制のあり方は極めて不透明で、明確な制度的枠組みがあるわけではない。あるいは、詳細規制も、監督も監視も一切無いということが現実に近い。かつ関連事業者も大きな施設整備投資をしているわけではなく、過小資本であくまでもスポット的な施設として存在している。
但し、下記事情と発展の可能性がある。
① ベトナムはまだ途上国だが、経済成長のレベルは早く、一部中間的富裕層が生まれつつあり、国民の余暇需要も盛り上がりつつある。かつまた、生活が豊かになると共に、国民の潜在的な賭博需要は確実に増えることになると想定されている。
② 国民は一般的にゲーミング性向が高く、余裕のある中間富裕層は、国外にでてゲーミングや賭博遊興を楽しむ傾向がある。カンボジア内の国境地帯にはベトナム人を主要顧客対象とする国境カジノ施設が存在し、それなりの盛況をもたらしている。
③ 一方、国内における観光開発需要もたかまりつつある。特に外国人観光客の為の高級リゾート施設の展開が一部海浜リゾート地帯に展開されてきている。これにカジノ施設を含ませるという構想があるが、現状は外国人のみが顧客となれるカジノ施設の前提しかありえない。国内には、かかる観光資源も多く、外国開発事業者によるリゾート開発となるが、これが如何なる展開を見せるかは今後の課題になる。
④ ベトナム国内でも、一部施設に関しては、内国民のニーズを満たすカジノ施設を特例的に認めてはどうかとする議論は存在するが、一部民間主体による主張に過ぎず、国の政策としての意思ではありえない。
一方、カナダのカジノ開発事業者であるAsian Coast Development(Canada)Ltd(ACDL)は、ホーチミン市から南へ135Kmほどいった海岸沿いの観光リゾート地となるホートラム・ストリップにおいて、米国ラスベガスタイプのカジノ付滞在型高級リゾートを米国MGM社やヘッジ・ファンドと連携し、実現しようとしている。2012年に第一期工事が始まり、2013年3月に一部は物理的には完成した。総投資額は42億米㌦、5つのリゾート・ホテル施設、ショッピング施設、ゴルフ場等多様なアメニテイ―を抱え、内、一期計画は4億米㌦、1,100室の部屋を抱えるリゾートから構成されている。MGM社の関与は、一次フェーズの運営業務を実施、ブランドをライセンスとして付与するという考え方に近い。実際の資金調達やリスクはカナダの会社やファンドがこれを担うが、MGM社ブランドによる知名度で顧客を引き付けるという営業的な戦略であった。制度的には上記投資コミットメントを下に、50年間の投資ライセンスを取得した模様だが、ベトナム側からすればカジノは付帯的なものでしかなく、かつ外国人専用でベトナム人も遊べる施設ではない。ホートラム・ストリップは観光資源としては顧客を惹きつける魅力があるとはいえ、
① ホーチミン市からのアクセスは未だ貧弱であること(車で3時間)、
② 南部ベトナム地区での深刻な電力不足及びインフラ未整備がネックになりうること、
③ ベトナム政府はベトナム人のカジノ賭博を国内で認める可能性は当面無く、一般顧客市場が期待できないこと、よって限られた外国人VIP市場に依存せざるを得ないが、他国に比し、観光市場としての顧客にとっての誘因はまだ弱いこと、
④ ベトナム政府はカジノに関しては、顧客勝ち分に10%の源泉徴収を考慮している模様であり、事実とすれば、VIP招聘には致命的な障害になりうること、
などの懸念や不安定要因を抱えている。
2013年3月、MGM社は投資許可の修正が実現しないことを理由に管理・運営契約からの撤退を表明、また9500万㌦を出資し、事業会社26%の持ち分を得ていた米国のPinnacle Entertainment社も投資分を全額損失処理することを表明し、事業自体の持続可能性に暗雲が立ち込めることになってしまった。新たなパートナー選定迄、開業の目途は立っていないが、時間の問題で開業にこぎつけることはできると思われる。但し、海外投資家の熱は冷めてしまっている状況もあり、制度や慣行、市場の実態と可能性を正確に理解した上での投資だったのか否かが問われているといえる。