社会的に有用・有益な施設であったり、大きな経済的便益をもたらす施設であったりしても、その実現が社会的に害をもたらしうるリスクが少しでもある場合、国民の不安、不信を解消することはできない。また、例えその設置が政治的に進められても、当該施設が設置される地域社会において反対運動が生じたり、住民の合意形成が得られず、案件の実現そのものが頓挫したりするという事例がある。所謂公共施設でも「迷惑施設」と呼ばれる施設の場合で、例えば廃棄物処理場、火葬場、飛行場等の騒音をもたらす施設、あるいは刑務所や更生保護施設等社会的には有用だが、地域住民の賛同を得られにくい施設類型等になる。公共施設でなくとも、住宅地や教育施設等の近隣における集客施設や遊興施設等、例えば遊技場や公営賭博施設、場外投票券売り場等に関しても、風紀を乱す、公序良俗が保持されない、交通混雑をもたらす、住環境や教育環境が乱される、あるいは特定の顧客集団が様々な社会的デメリットをもたらすリスクがあること等が指摘され、地域社会において、その設置が大きな問題や反対運動をもたらす事例も多い。
公共施設ではない、通常の民設民営の遊興施設や集客施設の場合には、基本的には施設の設置と実現は、これを担う民間主体の随意ともなるがために、状況はより複雑になることが多い。地域住民の反対にも拘わらず、関連民間主体が施設実現を強行する場合、感情的な反発が高まると共に、後刻運営段階で過激な住民反対運動や訴訟行為等が起こりうるリスクは高い。こうなった場合、集客施設にとっては致命的な事象になり、集客行為自体が、実現できず、顧客数も、売上も、縮減してしまうということも起こり得る。顧客を集めて、支出を誘う営業行為そのものに、地域住民の反発があり得たとすれば、かかる事業は、極めて不安定になると共に、長期間に亘り安定的な営業行為を営むことはできなくなってしまう。
かかる事情により、公共施設であれ、民間施設であれ、住民にとり迷惑施設となる施設、あるいはその存在が何らかの社会的危害を与えうる施設等の場合、予め様々な仕組みや制度を設け、問題を未然に防いだり、潜在的な危害を縮小したりすることが諸外国では通常取られる考え方になる。このために、地域社会における合意形成の実現を重要視し、合意形成を得て初めて施設が実現できる手順が実践されている。我が国では、公共施設となる迷惑施設は、総論賛成、個別では反対、隣ではいいが、自分のところではだめ(NIMBY、Never in my backyard)という事例が多く、時間をかけて説得するという手順が踏まれることが実態となる。かかる事情により、制度的に社会的合意形成の手続を設置の前提とする法規定を設けることは殆ど事例が無い(もっとも、都市計画や建築確認申請等の手順において、近隣住民の合意取得が実質的に必要となるが、近隣住民であって、地域全体の住民合意ではない)。通常の場合には時間をかけ、実現する前に、メリットとデメリットを提示し、地道な説得と議論を積み重ねることになる。一方、民設民営施設であったり、公共の関与はあるが、必ずしも公共施設ではなく、遊興を専らその目的とする民間集客施設等であったりする場合には、状況は若干異なる。施設が住民にもたらしうる影響度の度合いがかなり高いことが想定され、住民の理解が得られない場合、大きな問題を引き起こしかねないからである。この場合には、地域社会の中で将来的に問題が生じないように、予め地域社会における合意形成の手段(住民投票による過半数の賛成、地方議会における過半数の賛成議決等)を制度上の設置要件として定め、許諾の要件とすることなどがより適切な考え方になる。
一般的に地域社会における合意形成を図る手法には、様々な考えがある。例えば、下記のようなアプローチがある。
①民間事業者を地域と共に選定し、民間事業者にライセンスを付与するが、同事業者に地点・地域を選定させ、予め当該地域の地方公共団体から合意を取得しておくことをライセンス申請の条件とする考え:
予め定められた一定の区域の中から、民間事業者が地点を選定し、関連する地方公共団体と交渉し、開発、投資、地域貢献等の条件を合意した上で、初めて国の機関に対し、ライセンス申請ができるという考えである。
②設置を希望する地方公共団体が、民間事業者を公募により選定し、開発・投資の条件を合意し、この地方公共団体ないしは選定された民間事業者が国に申請し、国が地点・地域と当該民間事業者の適格性を確認、認証する考え:
地方公共団体が発意する考えになり、一定の要件を備えた地方公共団体は議会の同意を得て、任意に発意できる前提とし、まず地方公共団体が事業者を選定し、開発、投資、地域貢献等の条件を合意した上で、国に申請し、免許を受けるという考えになる。
③国が一定の判断基準を定め、設置を希望する地方公共団体とその地点・地域をまず選定、その後、当該地方公共団体が、民間事業者を公募により選定し、当該事業者は別途、国の機関等より適格性認証や免許を取得する考え:
地方公共団体(地点・地域)を国が選定する手順と、当該地方公共団体が民間事業者を選定する手順、当該民間事業者が国から適格性認証・免許を取得する手順をバラバラに構成する考えになる。
尚、上記手続きに関し、地方議会の議決をもって、地域同意とみなす考えがあると共に、地方公共団体による住民投票により、地域同意とみなす考えがある。我が国の制度設計においても、上記選択肢の中から合意形成手法を選択するか、これらを変容した手順等により、社会的な合意形成手法を制度の中に組み入れることが適切である。カジノ施設の実現と成功には、地域住民の理解と支持が不可欠であり、地域社会における合意形成は不可避の要件になるからでもある。