地方公共団体は、地域社会において様々な社会資本整備を担い、住民に対する公共サービスを提供し、住民の安全・安心・快適な暮らしを担保すると共に、産業振興や経済振興、観光振興等様々な政策を担う基礎的な地方自治政府である。地方公共団体が、国が定める法律と方針に則り、IR(特定複合観光施設)の区域指定を申請するとした場合、当該地方公共団体は、如何なる役割期待を求められることになるのであろうか。
法案が企図する特定複合観光区域とは、特定地域における観光振興や地域再生、地域経済振興(雇用増、税収増)を目的とし、地方公共団体が国に申請し、指定を受ける区域をいう。この区域の中でのみ、特定複合観光施設、即ち、カジノを含む宿泊施設、会議施設、飲食店や物品販売店等多様なエンターテイメント・アメニテイー施設を含む施設群の開発と実現を期すことができる。制度の基本は、指定を受けた地方公共団体が、これら施設群の実現と運営を自らの費用とリスクで担うことのできる民間主体を誘致する枠組みになる(但し、当該民間主体の適格性や廉潔性は別途国の機関が審査し、免許を付与することが運営できる条件となる)。この場合、地方公共団体が担うべき役割期待とは下記に纏めることができよう。
① 地域社会における中長期的な観光、産業、社会諸政策やインフラ整備計画等との整合性を維持しながら、観光振興、地域振興等の法目的に合致する構想・計画を策定すること:
IRの実現は様々な経済的メリットを地域社会にもたらすことができるが、地域社会における人、モノ、金の流れを変え、地域における産業構造を大きく変える効果をもたらすことも想定されている。これら変化は当該地域における中長期的な産業、観光、社会諸政策やインフラ整備計画等との整合性を保持した形で策定されることが必要となる。これは、地域社会の中でIRを整合性、一貫性のある形でどう政策的に位置づけるのかを考えることでもある。
② 地域社会におけるIR実現に係る内部的な合意形成を確保すること:
賭博施設となるカジノを中核にする施設群である以上、議会、市民の間に誤解や反発、反対の意見なども想定されることになる。かつ住民の不安や懸念も提示されることになろう。地方公共団体の基本的な方針、住民の懸念を解消する諸施策等を開示し、住民の理解を得て、地域社会内部における合意形成を図る努力が地方公共団体に期待される。考慮されているIR実施法案は、議会議決による合意取得を区域申請の要件とする模様である。勿論この前提として、住民の合意が前提にあることはいうまでもない。反対運動が根強く存在する地域では、IR自体がまず実現しない。IRがもたらすメリットを地域住民が理解し、初めて信頼が生まれ、合意形成が可能になる。
③ 地域社会の善良なる環境を保全する配慮と施策を考慮し、実践すること:
大型集客施設の誘致と実現により、多様な来訪客や観光客が当該地域に集まることになる。これら観光客の訪問が地域環境の風紀を乱したり、善良なる環境にこのましくない環境をもたらしたりすることが無いように、警察や事業者、住民との恒常的な監視と対話の枠組みを設ける等構想・計画段階より、地域に配慮した施策を検討し、実践することが地方公共団体にとっての需要な役割期待となる。その前提として、高規格の質の良い施設とサービスを提供できる施設を企図することが必要であろう。
④ 地域社会におけるIRがもたらしうる社会的・経済的影響度評価を実施し、社会的に否定的な影響を与える諸問題への対応を図ること:
地方公共団体のIRに関する構想・計画が如何なるプラスとマイナスの影響をもたらすかを地方公共団体自らが評価し、マイナス評価の深刻度に対応する措置を予め定めることが求められる。未成年者に対する悪影響の防止や賭博依存症患者への対応等、制度で担保される仕組みに加えて、地域社会に存在しうる社会的弱者を保護するための諸施策を方針として明らかにし、地域住民を守る施策を実践することも地方公共団体の役割となる。
IRの区域指定を試みる地方公共団体は、地域の産業、社会の長期的なあり方を見据えて、上記の役割期待を果たすことが求められている。国が区域を指定する評価判断準とは、これら役割期待を地域がしっかりと果たしていること、果たしうること、またその実現により地域社会に相当の効果がありうることを検証・評価する物差しでもある。