地方公共団体が公募により民間事業者を開発者・施行者として選定した場合、如何なる内容の協定が締結されるのであろうか。制度の詳細の詰めがなされていない現段階で、これを推定することはかなり難しいが、概念的には下記を推定できる。尚、当該協定は国の規制機関となるカジノ管理委員会の認証が必要になると想定されると共に、地方自治法に基づき、関連する地方議会の議決を経て初めて、契約として有効になる。かつ、カジノ管理委員会は、公平性、秩序維持等の観点から、当該協定の権利義務規定につき意見できることが想定されており、委員会が前提とする大きな枠組みの中での契約規定になると考えられる。現実的には指定を受けた地方公共団体は、公募・交渉・協定締結の時点で都度、カジノ管理委員会の意見を聴取したり、支援を求めたりして、協定を纏めることなどもありうる。協定自体が、制度の枠組みに適合していることが、カジノ管理委員会にとっても将来の業務負担の軽減になり、大きなメリットがあるからである。また、これは地方公共団体の負担をも軽減する(この意味では、規制機関の関与は、地方公共団体の権利や権利義務関係の内実に対し意見を付すという考えではない。但し、当該民間主体の廉潔性に問題があったり、契約の内容が著しく法や規則の趣旨から逸脱する場合には、必ず意見することになる)。
制度の在り方や当該地方公共団体が考えるマスター・プランや基本構想・計画によっても契約の内容は大きく異なることになるが、下記が契約の重要事項になると想定される。
① 公募上の要件を満たすIR実現のための提案が応札の対象となる。よって、協定とは、当該民間事業者が如何なる具体の施設を開発し、投資を実施するか(全体計画に基づき施設群の設計・資金調達・建設・運営を担う)の確約になり、かつまた地域社会に対する貢献や良好な環境を保全すること等に関する民間事業者の確約を取り決める内容になる。
② 全体の構図よりして、事業者による提案の実現をコミットさせる契約となるため、地方公共団体にとっての義務条項は限りなく限定されることがその特徴になる。施設群の外の周辺インフラ(アクセス道路、公共交通機関、上下水道、電気、ガス等)も、地方公共団体の単純な義務ではなく、場合によっては民間事業者による分担金支払いや民間事業者が工事費用を負担し、工事遂行後、地方公共団体へ当該資産を無償譲渡すること等が規定されることもありえよう。土地も公的主体の普通財産が対象となる場合には、民間事業者へ定期借地により貸付たり、買い取らせたりする等の契約の枠組みが前提となりうる。これらは、個別自治体の前提条件により大きく異なる。この他、計画段階から実現段階までに必要となった地方公共団体の開発費用の負担を要求したり、施設開設後の地方公共団体(都道府県警察)が担う監視や警備費用の負担を要求したりすることもありうる。
③ 地方公共団体のマスター・プラン・募集要項を実現する様々な計画が協定の要素を構成する。例えば、施設群の設計・建設計画、施設・機械・器具等の設置計画、投融資・資金調達計画、施設長期維持管理計画、施設毎の中期事業計画、カジノ施設整備・運営計画、職員雇用・訓練計画、顧客誘致・マーケッテイング計画、地域貢献計画、社会的危害縮小化計画等多岐に亘りうる。勿論、契約段階では、全ての側面を網羅的に固定することは不可能であり、投資行為の実現以外の側面は、段階的にこれを実現していくことが現実的な対応になる。かつまた、事業の運営は(カジノ部分以外は)、民間事業者の裁量の範囲でもあり、公的主体の関与は過度に民間事業者を制約するものであるべきではない(事業の詳細を契約で取り決め、その履行を要求すべきではなく、しっかりとした施設を整備し、運営体制を作り、着実な運営をすることがなされるならば、過度の関与は不要であろう)。尚、カジノの運営に関する規制等は専ら規制当局が関与する内容でもあり、地方公共団体の関与は補完的でしかないことに留意が必要である。
④ 民間事業者が地方公共団体と締結する開発投資に関する協定、融資金融機関等と締結する融資契約並びにカジノ管理委員会から民間事業者が取得する免許いずれもが、クロス・デフォルト条項を含むことが想定される。即ち、一つの契約の重要債務不履行事由が、全ての契約の重要債務不履行事由をトリガーするという考えで、事実、これらの内の一つでも欠けることになれば、カジノ事業自体が成立しない。また中途半端な状態で権利のみを認めることは好ましくないからである。
⑤ 協定の主たる項目は、地方公共団体が担うべき義務(但し、その内容は限定される)、民間事業者が担うべき義務(業務毎にコミットメントの内容が詳述化される)、カジノ運営詳細に関する規定、地域貢献規定、社会的危害対応規定、地域環境保全規定、都道府県警察との協力規定、民間事業者が地方公共団体に支払うべき債務(地方公共団体の開発資金償還負担、土地等賃借料、インフラ分担金)と粗収益納付金、入場料・規制費用分担金支払い等の規定、その他公租公課に関する規定、履行保証、不可抗力事由、債務不履行事由、係争と契約解除規定、国の規制機関との関係規定、国による特定複合開発施設区域指定との関係規定、融資金融機関等との関係規定、許認可規定等になる。
地方公共団体と民間事業者との協定は、個別地域の事情次第で大きく異なる可能性もあり、固定的に考えるべきではない。但し、かなり複雑な内容になること、IRの実現のためには極めて重要な取り決めになることは間違いない。