カジノ施設とは本来全ての顧客に対し、平等でかつオープンであるべきなのだが、施設の売り上げや収益に対する貢献度に伴い、顧客をセグメント化し、セグメント化した顧客層毎に異なるマーケッテイング手法や対応を取ることが営業の基本になる。高額取引顧客をVIPとして一般顧客と差別化し、区分化された施設や部屋を準備したり、顧客の賭け金総額や顧客損失額に応じて、一定の無料サービスを提供したり、顧客に対するキャッシュ・キックバックを提供する等して、顧客を再度当該施設に来させるように囲い込む等の特別なサービスを提供すること等が行われている。対顧客サービスの在り方や内容は、優れて当該国の税務・会計上の取り扱いに依存することになり、全ての国で一定の共通ルールがあるわけではない。顧客に対するサービスを税務上、損失認識せず、接待とみなす場合、当然のことながら、対顧客サービスのコストは高くなり、大きなサービスをカジノ運営事業者に期待することは難しくなる(米国が参考にならないのは、米国では内国歳入庁IRSとカジノ業界の間で長い論争があり、慣行として、カジノ事業者が顧客に対して行う無料のサービス等は課税対象になっていないという特殊事情があるからである)。
一方、諸外国には、制度としてインバウンド(即ち外国からの)高額取引顧客VIPを優遇する制度も存在する。例えば、オーストラリアの各州、ニュージーランド、シンガポール等の諸国で、一般顧客とVIP顧客の売り上げを峻別できることを前提に、これら売り上げ(総粗収益)に対するゲーム課税率を変える差別的税制を取っている。カジノ運営事業者に課す税率を高額VIP顧客の場合には軽減する仕組みになり、結果的にカジノ運営事業者に対し、高額VIP顧客を誘致する強力な誘因を与えることに繋がる。優遇しているのは高額VIP顧客ではなく、実質的には、カジノ運営事業者であり、高額VIP顧客の誘致に成功すれば、結果的に税収は増えるという考え方に立脚していることになる。米国、欧州にはかかる制度や考え方は無く、専ら、大洋州、アジア諸国において、インバウンドの高額賭け金VIPを如何に自国に誘致するかという政策的な考え方から、かかる動機づけの為の制度が創出されたという経緯がある。
この様に、VIP差別待遇制度には、①顧客に対するカジノ運営事業者による直接的な無償の役務等の提供という側面と、②カジノ運営事業者に対する誘因的な差別的税制という二つの異なった側面がある。全ての国において、これら制度や慣行が存在するわけではなく、一定国における政策の在り方次第ということになる。但し、これら制度のあり方次第では、外国人VIPが来訪する可能性は大きく減少しかねない。わが国においても、これらの制度設計の在り方次第では、諸外国の高額VIP顧客を我が国に誘致することは難しくなるという状況も生まれよう。かかる要点に着目した議論は未だわが国には無いが、下記を想定できる。
① 対顧客無償サービス、物品等供与の可能性:
米国において所謂「コンプリメンタリー」あるいはより単純化して「コンプ」と呼ばれる慣行でもあり、顧客の実際に遊んだ賭け金総額に応じて、一定率を顧客に還元するサービスをいい、食費、ホテル滞在費、ショーや劇場の観劇、ゴルフ招待、車代、飛行機代等を顧客に無償で提供する行為をいう。顧客に対する還元サービスでもあり、わが国においてもかかる行為が制度として禁止されることはあり得ない。問題は、税務・会計上の取り扱いとなるが、果たしてこのカジノ産業のためだけに、税法上の例外措置を設けることが、可能といえるかに関しては大きな懸念が残る。公平性の観点からも、カジノ産業のみが特例措置を享受できることはまずありえない。コンプリメンタリーは我が国では費用が確実に高くつくという結論になりそうである。
② 対顧客キャッシュ・リベートの可能性:
一方、キャッシュ・リベートとは、顧客損失分の一部を顧客に戻すという考え方から、顧客総損失額の一定率を現金で顧客に戻す慣行をいう。胴元の売り上げ確定前の時点で、原価を一部差し引いて、顧客に対し割り引いた価格とするという考え方でもあり、米国ではあまり見られないがアジア・大洋州ではポピュラーな考えになる。キャッシュ・リベートは売上確定前の処理になり、胴元から顧客に対する贈与ではなく、あくまでも売り上げ原価を値引きするという考えに近い。カジノにおける税法、会計上の売り上げ(総粗収益)をどう定義するか次第となるが、顧客への還元措置の一つとして、認めてもよいのではないかと思われる。何らかの対顧客還元のモチベーションが無い限り、わが国のカジノ施設の魅力は大幅に減少することになりかねず、インバウンドの高額VIPの来訪もあり得ないのが現実であろう。
③ 対カジノ運営事業者差別的税制の可能性:
税や交付金・納付金の在り方を差別的に考えるというアプローチは、公平性を原則とする我が国の税制では、前例もなく、限りなくあり得ない可能性になる。米国と同様に、公平性を貫徹し、顧客の差別をしない税や納付金の在り方以外に、わが国には選択肢は無い。
カジノ運営事業者はVIP顧客を別待遇とし、あらゆるサービスを提供することになるのであろうが、制度上VIP顧客を差別的に待遇したり、事業者をしてVIP顧客を誘引する制度を設けたりすることは我が国では極度に難しい。この枠組みを制度的にどう措置するか次第で、外国人VIP顧客が日本に来るか否かの誘因が決まるのが現実になる。