賭博負債(英語ではGambling Debtという)とは、賭博行為をする顧客の為に金銭を貸し付けた場合の借入人たる顧客にとっての債務のことをいう。如何なる国においても、カジノの運営を担う施行者以外の第三者が、カジノ場において、顧客に金銭の貸付をすることは禁止行為となる(通常の場合、一種の無担保融資となる高利貸しで、極めて高い金利を後刻要求されることになることが通例である。これをローン・シャーキングという)。但し、規制機関の許諾を得た施行者や規制機関が認める特定の主体がかかる特定の顧客に対する与信をすることを認める慣行が諸外国には存在する。勿論これは一国の事情次第で様々な考え方があり、必ずしも一様ではない。
カジノ・ハウスによる貸付(クレジット)とは、単純に賭博をしている顧客に対し、(資金がなくなったから)貸付を実行するという行為ではない。顧客が、現金を持ち歩きカジノに行くのではなく、予め一定の与信枠をカジノ・ハウスからもらい、この枠組みの中でチップの貸付を受けるという形で、顧客の利便性を向上させる行為になる(チップは現金と同等であり、顧客が勝てば返済原資はあるが、負けた場合には、借りたチップ相当分の現金は後刻顧客がこれをカジノ・ハウスに返済することになる)。貸付は目の前にある現金ではないために、顧客による賭博へののめりこみを助長すると共に、顧客の賭博依存症的性向を助長しかねない側面があると通常判断されている。これが為に、国によっては、カジノハウス(施行者)による貸付行為を厳格に全て禁止する国(例:スイス)もあれば、この考えを差別的に適用し、VIPや海外顧客に関してのみ、あくまでも施行者(カジノ・ハウス)のリスク負担にて与信を認め、通常の一般国内顧客に対しては認め無いとする国もある(例:シンガポール)。あるいはかかる事項は明らかに施行者の自主判断に委ねるべきで規制すべきではないという国・地域も多い(例:米国の多くの州)。尚、米国ネバダ州では、現金を持ち歩かず、予めカジノに一定の与信枠を申請し、後刻精算することを前提にチップを借りて遊ぶ顧客が、何と過半を占める。このためにゲーム関連専門の与信調査会社が存在し、24時間以内に、特定顧客の与信可能性を評価する仕組みが存在する。また、実際の貸付は現場でマーカーと呼ばれる確認書にサインすることでチップが貸与されるのだが、ネバダ州法ではこれは小切手と同等の効果があると規定されており、顧客が一定期間のユーザンス期間内に支払わない場合には、このマーカーを買い取りに出すことができる(即ちカジノ・ハウスにとり、この場合の与信とは、チップを小切手で支払を受けたに等しく、単に小切手を一定期間、買い取りに出さないということと効果は同じになる)。
上記の様に、施行者(カジノ・ハウス)による顧客への貸付は、上記のように、遊ぶ資金が無くなった一般顧客に対する貸付という側面よりも、高額賭け金顧客となるVIP上客に対し、利便性を供与するサービスとしてなされることが多い。これは、高額賭け金者は現金を持ち歩るかないためで、例えば外国人である場合、本国の施行者の代理人ないしは事務所に預託金を支払い、この情報がカジノ施設へと伝達され、この預託金の枠内でチップを借り、カジノを楽しむということができる。勿論これ自体は預託金という実質的に担保をとっているため、単純な形での「与信」ではないが、この枠組みを利用して、上客に対しては、無担保のままで追加的に顧客の要請に基づき与信をするということはありうる(これをマッチング・クレジットという)。勝ち負けの決済は、後刻となるため、負債の回収は必ずしも単純にはならない(借りた金で儲かる場合には問題ないだろうが、負けた場合の借金を払うというのは誰もが嫌がるものだからである)。上客の貸付金返済力や資金力を考慮した上で、あくまでも施行者のリスクとして、顧客に与信を与えることは、海外VIP顧客や、ハイ・ローラーに対し諸外国のカジノと同様のサービスを提供するという意味においては、認めるべき考えでもあろう。さもなければ、海外VIP顧客層を排除することに繋がりかねないからである。但し、不特定多数の一般顧客を対象として、賭博行為を推奨するために、金銭を貸し付けることは好ましいあり方であるとは想定できない。よって、我が国においては、原則施行者による一般顧客への資金貸し付けは禁止とし、特定優良顧客となる国内外のVIP顧客に対してのみ、あくまでも施行者のリスク負担により、限定的な枠組みの中でチップ(金銭)を貸し付けることを認めるべきであろう。
尚、我が国の民法第90条(公序良俗)は、「公の秩序又は善良の風俗に反する法律事項は無効とする」とあり、賭博行為が違法であった状況下においては、賭博行為にかかわる負債はそもそも無効とした最高裁判所の判例があまた存在する。よってカジノに関連して、顧客に対し金銭を貸し付けることは公の秩序又は善良の風俗に反しないという前提が必要となるが、特例的に一部の顧客層のみに上記規定を適用除外するためには、何らかの制度規定が必要となる可能性もある。これは未回収債権に関する履行請求権が確保され、強制執行の対象になりうることが、施行者にとり、上客に与信を与えるリスクを取る制度的根拠となるからである。さもなければ例え上客であっても、与信を与えることは難しくなる。尚、2011年レベルでの超党派議員連盟と法務省との対話の中では、もし、カジノが別途法律にて正当行為として認知された場合には、民法第90条の適用は自動的にありえないと解釈することが妥当とする旨の法務省見解があった。この場合、特段に法律上の明記が無くとも、法が認めた賭博負債に対する強制執行は、一定状況の下では、可能となることを意味する。