ものやサービスを作ったり、提供したり、売買したりする場合、取引を定量的に把握するために、全ての取引の明細を個別に帳簿につけることが民間企業の通常の行動になる。さもなければ、一体儲かっているのか損しているのか解らなくなる。またこの結果に従い、収益を確定し、納税し、配当することになる。一方、この通常のビジネスの展開が単純な形ではできないことが、ゲーミング賭博でのハウスと顧客との行為(取引)と言えるのかもしれない。カジノでは、金銭は当該施設内において常に現金交換が可能となるツールでもあるチップに交換され、これを媒体としてゲーミング賭博がなされる(チップとは色違いの同じ大きさのゲーム用のツールであり、短時間で金額計算をしやすいように、取扱いやすいように、かつ間違えないような工夫が施してある。あるいは、金銭であることを意図的に忘れさせるためにこうしているという説もある)。テーブル・ゲームと呼ばれるトランプやサイコロを用いたゲームないしはルーレットのような器具を用いたゲームでは、1回のゲームは数分間で終わり、チップの所有権(即ち金銭)は、ゲームのサイクル毎にハウスと顧客の間をいったり、きたりし、移転する。かつこの個別の取引を帳簿に記載することはない(ゲームの終了時点では、誰が正確にいくら勝ったのか、記録はとらないし、そんな計算もできず、計算をする時間もないわけである)。不特定多数の顧客とハウスが、お金のやり取りをし、お金の所有権を都度交換しながら、一切これら取引毎の個別の詳細が記録に残ることはない。これは、カジノには巨額の現金と現金と同じ価値を持つチップが、正確にその個別の取引記録が記帳されないまま、一定時間、施設内に滞留しているということを意味する。
勿論、どこかの時点で実態を正確に把握しなければ、一体一日の売上がどうなったのか(儲けたのか、損したのか)カジノ・ハウスも確認できない。かかる事情により、通常、一日の営業終了時点(24時間操業の場合には顧客が少なくなる早朝の一定時点)で、ハウスにある全ての現金やチップのインベントリー、チップ交換所や出納係の現金・チップの残額を全て確認し、一営業日の売上総額を確定する。この売上総額が帳簿に記帳され、これをもとに課税が為されるという仕組みになる(場合によってはこの売り上げ確認に規制当局の係官が立ち会う義務を制度として課している国も多い)。カジノ施設内の現金とチップの移動はかなり複雑になる。テーブル、スロット・マシーン、現金チップ交換所、出納係、中央金庫の間を現金や小切手、チップ、あるいはマーカーと呼ばれる金銭貸付証書等が行き来することになる。ハウス内部の現金やチップの流れは、厳格な規制の対象となり、必ず書面でトレースし、これらの流れをできる限り捕捉するあらゆる試みはなされてはいるが、記録されない現金(キャッシュ)が一定時間に亘りハウス内に滞留することになる事実は昔も今も、カジノでは基本的に変わらないといっても過言ではない。これを記録されないキャッシュフロー(Unrecorded cash flow)という。カジノが不正や悪、組織悪を誘引する最大の理由がここにある。かつ、これがカジノにとっての最大のリスクになる。例えば、記録されていない現金の山が目の前にあれば、従業員がポケットに入れて、ねこばばしても、ばれないかもしれない。あるいは経営者がこの資金をかってに流用したり、税金をごまかしたりするために、不当に低く売上総額を申告したとしても、証拠は全くないのだから、誰もわからないかもしれないことになる。この様にうまくやれば「誤魔かせる」状態が犯罪組織を惹きつけるのであり、この誤魔化した資金が犯罪の資金源になりうるわけである。勿論これは理論的なリスクで、かかる事態が生じないようなあらゆる仕組みと規範を制度上設け、かつこの行動を常に監視し、違法行為が露見した場合には厳罰にする手段が取られることが現代社会におけるカジノの法制度の実態になる。悪事をすれば必ず露見し、厳罰を課せられることが解っていれば、不法行為はまず起こり得ない。そのために厳格な規制と監視が必要となる。犯罪組織にとりメリットは何もなく、自然とこれらはカジノ賭博から離れていくことになる。
尚、情報システム技術の発展は、スロット・マシーン、ビデオ・マシーン等の電子機械化した賭博機械に関しては異なる状況をもたらしている。全てのマシーンはサーバーに連結し、全体システムとして管理が可能になると共に、規制当局の端末がこのサーバーにオン・ラインで連結することにより、顧客の全ての賭け金行動と機械のペイアウトをハウスと規制当局の双方が完璧に捕捉することが可能になってしまった。こうなると、全ての顧客との取引はログデータとして記録されることになり、電子式機械ゲームは完璧に不正とは程遠いクリーンな賭博機械になってしまうことになる。
ゲーミング・カジノにおいて、行動を厳格に監視し、法の執行を厳格にせざるを得ないのは、これが記録されない資金の流れがもたらしうるリスクを確実に防止することのできる唯一の効果的な手法だからでもある。如何にリスクを極小化し、不正を根絶するかがカジノ法制の根幹でもあるのだ。この原則を損ねる考え方では、健全な施行を期することはできない。