違法行為や犯罪から得た収益は、捜査当局によりその犯罪が摘発され、追訴され,罪が確定した場合、差し押さえられ、国家により没収される。これを何とかして避け、新たな犯罪の資金源として用いるため、悪いことをして得た収益の出所を隠蔽し、犯罪行為とはできる限り関係のない金銭に変えてしまう行為が資金洗浄、マネー・ロンダリングと呼ばれる犯罪になる。専ら金融行為に伴い生じる犯罪で、国際的規模で、巧妙かつ複雑に、できる限り露見しないように行われることを特徴とする。これを防止し、かかる犯罪を摘発し、根絶するために国際的な多国間の連携協力の枠組みが存在し(FATF、「資金洗浄に関する金融活動作業部会」といい、OECD加盟国・国際機関等による政府間機構となる)、我が国もこの枠組みに加盟しており、この勧告に基づき国内法が整備されている(平成19年3月31日法律第22号「犯罪による収益の移転防止に関する法律」)。
さて、このマネー・ロンダリングだが、なぜこれがゲーミング・カジノと関係あるのであろうか。実は、ゲーミング・カジノは上記の国際的枠組みや、マネー・ロンダリング規制の世界では、擬似金融行為と見なされ、カジノ・ハウスも金融事業者と同等にマネー・ロンダリング法制の直接的な対象となり、関連当局に対する報告義務を負う。なぜであろうか。
カジノでは不特定多数の顧客が無記名のまま取引(賭博行為)に介在し、巨額の資金をハウスとの間でゲームという賭博行為を通じてやり取りすることをその特徴とする。しかも取引をたやすくするため、現金と交換可能な(色違いの同じ大きさの)チップを場内で顧客との間で現金と交換することにより、実際のゲームを行う。この結果として、ハウスは銀行の如き様々な金融機能ないしは疑似金融機能を果たしていることになる。即ち、顧客との間で①金銭からチップへの交換、この逆のチップから金銭への交換という取引、②小切手、外国為替の現金化ないしは受領等の金銭交換・外国為替交換・送金取引、③預かり金や与信行為などの様々な金融取引等になる。例えばハイ・ローラーと呼ばれる高額VIP取引顧客は、通常現金を持ち歩かず、自分の国で一定額の資金をハウスに預託し、現地でこれを任意に引き出したり、これを担保にハウスから資金を借りたりする等の行動をとることが通例となる。この場合、為替、送金、与信等の金融行為が絡むわけである。尚、無記名の顧客との間で高額紙幣のみならず、小額紙幣やコイン等もやりとりすることになり、カジノは巨額の現金を保持していることが通常の業務形態になる。このシステムに着目し、例えば巨額の資金を一旦チップに交換し、これをほんの少し使うか、全く使わずに、複数の主体に分散させ、再度残ったチップを現金に交換してしまえば、取得された資金はあくまでもカジノでの遊びの結果取得されたものとして、効果的な資金洗浄が成立してしまうことになる。高額紙幣を準備し、類似的な手法で、これを小額紙幣に両替したりする、この逆をやることなどでも効果的なマネー・ロンダリングになる。この他、為替取引や与信行為等も悪用されることが多く、多様な金銭のやり取りの中で、資金を洗浄できる多種多様な可能性とリスクがカジノにはある。勿論、マネー・ロンダリングとは、少額では割に合わず、ある程度大きなロットで処理することが通例となる。小額では割に合わず、大きなロットでなければ効率的に資金を洗浄できないからである。銀行取引の場合、大きな金額の取引は、無記名で行われることはなく、疑わしい取引はある程度捕捉でき、当局に対し通報の対象となる。ゲーミング賭博の場合も同様なことが求められ、一定の高額取引や、疑わしい取引の場合には、本人確認が求められるとともに、関連当局に対し、取引内容の報告や疑わしい取引の報告が義務づけられている。取引の在り方が極めて特殊になることが特徴なのだが、実質的にこの取り扱いは金融機関と全く同じ扱いで、不正が生じるリスクは金融機関と変わらないという判断が国際社会における通念ともなっている。
一方、現実の実務的問題は、カジノの大口顧客は匿名性を希望することが多く、実務処理上の課題があると共に、案件数が多いことから、如何に事務処理を効率化し、疑わしい取引を効果的に特定できるかが大きな課題となる。このためには、実際の顧客との取引を担うハウス側の職員の目利きや経験も重要になると共に、実際に顧客の賭け金行動を監視することができる職員の教育や、ハウスによる全面的な協力が必須の要素になってしまう。勿論、全体の案件の中から、捜査当局自身が悪事を摘発できる能力も体制も必要となる。