犯罪で取得した資金は犯罪が摘発され、罪が確定すれば、当然国家による没収の対象となる。そこで犯罪で得た資金でありながら、その出所を隠蔽する目的でこれを「洗浄」し、摘発・没収を避ける行為がマネー・ロンダリングという犯罪になる。不特定多数の顧客との間で、巨額の資金のやりとりを、記録も取らずに実施するカジノは、マネー・ロンダリングの格好のツールになってしまうのだが、これは、下記誘因がカジノ施設に存在するからである。
即ち、
- カジノ施設は不特定多数の顧客を対象とするため、本人確認を要請されない限り、顧客は常に自らの氏名を開示することなく、結果的に巨額の金銭を取り扱うことができること、
- キャッシャーにおける現金とチップとの交換、テーブルでの現金とチップとの交換、ゲーム途上でのチップのやり取り等ハウスと顧客との間で頻繁に様々な取引があり、これら個別の取引は帳簿に記録されていないこと、即ち一定時間お金の流れは、記録されずにハウスに滞留していること(一日の内の一定時にチップ・現金等のポジションを確定して、初めて売上が確定する)、
- 顧客とハウスの間における外貨送金・交換や預託勘定の設定、ハウスから顧客に対する与信行為等実質的に銀行と類似的な役割をハウスが果たしている側面があること、
- 巨額の現金を、小さな紙幣やコインで保持することになるため、ハウス自体に常に巨額の両替のニーズがあること(小銭を紙幣に変える、紙幣を小銭に変える等)、
等という事情である。
パリ・ミュチュエル賭博ではこの様なことはありえない。金銭のやり取りとかチップ現金交換などが全くなく、賭けごとに参加する以外に金銭を使う方法はなく、一端賭け事に参加したならば、賭け金は確定し、後戻りは出来無いからである。これでは当たらなければ、まる損になるために、マネー・ロンダリングの手法としては全く使えない。一方カジノの場合には、①一旦現金をチップに換えて、遊ばず再度現金に換える、②これをバラバラにして、規制の限度内の少額に分け、目立たないように複数人で実施する、③資金の拠出者と最終的なチップ・現金受領者を変えたり、資金を移転したりする等、金に色はついていないことから、様々なオペレーションにより、あたかも当該資金がカジノで得た勝金のような形でその出所が全く分からなくなってしまうように偽装できる可能性があることになる。かつ、一般の顧客は低額賭け金なのだが、VIP顧客はかなりの高額賭け金客になることが通例でもあり、状況次第では組織悪に利用されかねない側面があるといってもよい。
ハウスが賭け金行動に参加するバンキング・ゲームとなるカジノは、その業務内容が優れて金融行動に近い側面がある。だからこそ、マネー・ロンダリングの世界では、カジノは、擬似金融事業者という位置づけになり、金融事業者と同様に、マネー・ロンダリング規制の対象となることが通例になる。この結果、カジノの遊興とは本来無記名が原則、単なる遊興としての金銭消費でもあったのだが、一定金額以上の取引を担う主体、あるいは疑わしい取引を担う主体は、全て本人確認・報告義務の対象となることが諸外国でも制度化されている(無記名を欲する顧客がカジノから遠のくのではないかという営業上のマイナス側面が無いわけではなく、これも利潤追求の行為からは逸脱する行為になる)。
銀行取引の世界では、いまや無記名で処理できる取引形態は殆どなくなりつつあり、かなり厳格な規制の対象となっている。カジノも諸外国では、①一定金額以上の取引に関する本人確認・報告義務と共に、②取引金額に拘わらず、疑わしい取引を担う主体の本人確認・報告義務がカジノ事業者に課せられることが一般化した。金融行為、擬似金融行為にテロ組織が関与しうるという諸外国政府の共通関心事項が、より厳格な規律をもたらしているといえる。問題は、どう本人確認することができるのかという実務的な手法と共に、(たとえコンピューターによる申告・報告であっても)この確認と関連当局に対する報告にどうしてもタイムラグがでてきてしまうこと、関連当局に膨大な数の報告書を処理できる事務能力があるのか否か等ということにある。関連当局にとり、これは単純なことではない。また、カジノの場合、何をもって疑わしい取引として判断するのかという判断基準を如何に定義するかという問題もあり、これを施行者側と関連規制当局が共有する必要がある。また、施行者側では、これに伴い職員教育の手法を徹底し、何が問題となるのかを職員が特定できる知見と能力を養うことが必要になる。
疑わしい取引や顧客を出来る限りカジノから遠ざけ、排除することはカジノの健全性を確保するためには本来必要なのだが、カジノの場合には如何にその実行性を担保できるのかという議論が別途存在することになる。