カジノの実際の顧客との取引、運営の在り方は、こと高額取引顧客(VIP)に対してはかなり複雑なオペレーションとなり、場合によっては、金融取引、擬似金融取引とみなされ、規制の対象になることがある。当たり前の話だが、高額取引顧客(VIP)は現金を持ち歩いてカジノ施設に来るわけではなく、(一般顧客とは異なり、例外的に)カジノ・ハウスが自らのリスクにより、何等かの形で資金(実態面ではチップ)を融通することで、顧客に対し利便性を供与し、後刻顧客との間で精算する慣行が通常行われている。一国内で処理する場合には単純だが、国境を跨ることになると実質的な送金行為をも伴うため通常オペレーションは複雑化し、一部取引は金融取引あるいは疑似金融取引として規制の対象になることがある(もちろんかかる行為は通常、身元がしっかりしており、過去の支払い歴等も問題のない、信用のおける主体しか対象にしないため、通常はおかしなオペレーションではない)。
これには例えば下記等がある。
① 与信枠(クレジットライン):
予めカジノ施設を訪問する前に顧客が希望する額の与信枠を申請し、カジノ・ハウスが顧客の与信状況を審査したうえで、一定の融通できる資金の枠(与信枠)を設定することを意味する。一種の無担保のチップ(資金)融通行為に近く、この枠内で現金ではなく、あくまでもチップを融通してもらい、顧客が勝てば、カジノ場を去る際に融通額を精算する。顧客が負けた場合には、後刻、一定期日内にカジノ・ハウスが債権回収を図ることになる。実際の取引は、顧客が枠内で引き落とすチップ金額毎にマーカーと呼ばれる書類に著名することでチップが手渡される。一種の借用書ないしは支払誓約書になるが、米国ネバダ州では、法的にこのマーカーは小切手と同様の効果があると規定されている。この場合、チップの代金を小切手で決済していることと同じになる。これにより施行者は、マーカーそのものを後刻小切手として銀行経由取り立てに出せる仕組みになる。これでは、顧客が支払わない場合には小切手不渡りになり、米国では犯罪を構成してしまう。対顧客与信は米国のような小切手社会では、いかなる顧客に対しても自由に設定する慣行があるが、その他の国ではVIP顧客を除き、制限的であることが多い。
② 預託(デポジット)・フロント・マネー:
顧客が出国前に、自国にいるカジノ・ハウスの口座に一定額を送金あるいは預託(デポジット)し、これを担保に、外国に所在するカジノからチップとして引き落とすことになる。顧客が勝てば、その場で勝ち金を現金化できるが、顧客が預託金額の全部ないしは一部を負けた場合、後刻精算することになり、帰国後、カジノ・ハウスと精算する。預託金は一種の担保を取っていることになり、この範囲内で顧客にチップを貸与する(効果は資金貸付と同様である)限りにおいてカジノ側には大きなリスクはない。尚預託金とチップ利用額を相殺できれば合理的だが、これは金融行為になり、一国の制度次第では規制の対象となる。カジノ場で現金等を予め預託し、その枠内で実際のチップ交換を現金の授受無しに、書類にサインすることで行い、カジノを去る場合に精算する場合の預託金も機能的には類似的で、これをフロント・マネーと呼称する。
③ マッチング・クレジット:
デポジット(預託金)・フロント・マネーと与信(クレジット)を組み合わせる考え方で、デポジットをあくまでも担保として、デポジット以上の与信枠を顧客に与えることを意味する。予め顧客の信用力を審査・評価し、カジノ・ハウスのリスクにより一定の与信を与えることになる。通常、デポジットから引き落とし、その倍額までクレジットを付与する等の慣行が行われている。勿論、この場合、カジノ・ハウスにとり、対象がしっかりとした信用おける顧客でない限り、かかるオペレーションはしない。
このように、カジノの実際の運営は一部銀行業に近い、金銭等の短期的な貸し借りを含む側面があり、これをどう制度上位置づけ、既存の制度との整合性を図りながら規制の対象とするかは国によっても事情が異なってくる。カジノ・ハウスに金融機関と同様の厳格な規制を課す場合には、カジノ・ハウスの自由度は大きく削がれる可能性があるとともに、海外大口賭け金顧客(VIP)が資金のやり取りや、短期融通、精算等につき、利便性の高い仕組みを提供しない限り、そもそも海外VIPが寄り付かなくなってしまうリスクもある。如何なる規制を課すのか、あるいは既存の制度的枠組みの中で何が、どこまでできるのか次第では、実際のオペレーションも大きな制約を受けることになる。如何なる国でも、なんでも自由にできるわけではないことを理解する必要がある。