上客に対し、何等かのサービスや誘因を与え、顧客を囲い込む試みはマーケッテイングの常道である。ゲーミング・カジノでは、これは前述した通り、何等かのサービスや食事、交通手段やエンターテイメント等を無料提供すること(コンプ)、あるいは単に現金でのキャッシュ・リベートを提供すること等になる。前者は宿泊・飲食の無料提供や、飛行機代等の負担、あるいはスポーツや観劇等への招待となるが、後者はモノやサービスではなく、単純に総賭け金で顧客が負けた分(カジノハウスの勝ち分)の一定率を顧客に現金で返却するという考えになる。
前者の場合、例え同一社内でも、顧客に対するサービス等はサービスを提供する部門からカジノ部門へと費用が付け替えられることになり、部門間ではアームズレングス(独立事業者間的)な取引が成立している。形式的にはカジノ部門が関連費用を負担し、関連部門が顧客に当該サービスを提供するという形になる。顧客がカジノで消費した一部の金額(カジノ・ハウスにとっての売上)を原資として顧客にサービスとして還元しているわけである。米国連邦歳入庁(IRS)は長年この業界による慣行としてのコンプ(対顧客還元サービス)を接待費として利益に算入し、課税対象とすべきことを主張しているが、業界の反対、長年の慣行により、実現しておらず、カジノ産業の主張が通っている。このコンプは売上からの単純な値引きで、接待ではないという建前なのであろう。果たして諸外国ではどうなのかはマーケッテイングの程度・サービスの頻度・程度にもよると思われ、国毎に事情も変るのではないかと想定される。
後者の場合、明確に現金によるリベートとなるが、これもカジノ・ハウスから顧客に対す金銭譲渡等とみなされたならば、例えばわが国では罰則的な課税行為が課されることになりかねない。キャッシュバックは顧客に対する金銭の譲渡というよりも、そもそもカジノは現金が商品でもあり、その原価の一部を顧客に割り引いて売るという感覚で行うものと想定される。税務会計上、これをどう処理するか、かかる行為をどう位置付けるかは大きな政策的選択肢になるが、抑制的な立場を取った場合には、アジアの富裕層を惹きつけることはまずできなくなる。アジア諸国の富裕層を対象にした効果的なマーケッテイングを実現するためには、わが国においても何等かの効果的な手法を持つ必要がある。一般的にコンプによる対顧客還元サービスは米国的な考えで、アジア(マカオ、シンガポール等)では顧客は、コンプではなく、キャッシュ・バックを志向するため、慣行としてもキャッシュ・バックが圧倒的に多い。富裕層を特定市場に惹きつける誘因はかかるキャッシュ・バックの率であり、カジノ・ハウスの裁量事項でもあるが、誘因を与えれば、確実に海外の富裕層を惹きつけることができよう。
一般的に米国では、かかる顧客に対する還元サービスは、顧客の滞在日数、カジノ・テーブルにおける滞在時間、滞在中の総賭け金から判断して、一定の提供できるサービスをそのレベルに応じて提供する(例えばビュッフエ等食事招待、宿泊代無料、部屋のアップグレード、次回滞在時無料宿泊、スポーツイベントやショーへの無料招待、次回来訪時飛行機代負担等である)。これは顧客が一定時間テーブルにポジションを取った場合、当然その時間はゲームを遊んでいるという前提があるから成立する。一方中国人はポジションをとっても自分の好む手が来ないと賭け金行為をしないケースが多く、この手法では、還元できるサービスのレベルを正確に把握できないことが多い。アジアではキャッシュ・バックの対象となるVIP顧客層は一般客とは隔離された場所での賭け金行動となるため、その場所でしか利用できないデッド・チップをゲームに使用し、ローリング方式で正確に賭け金総額を捕捉し、これをベースに一定率のキャッシュ・バックを計算するという慣行が根付いている。これはまず顧客に現金でデッド・チップを購入・交換してもらい、デッド・チップで賭けさせる。顧客が負ければチップは減っていくが、顧客が勝った場合には、通常の(現金交換可能な)チップで支払われる。通常のチップは現金にはなるが、これでは賭けられない為、賭け金行動を継続する場合には、別途これをデッド・チップに交換し、これでゲームを継続することになる。これを「ローリング」と呼称する。この一連の行為により、限られた空間内で、顧客の賭けた総額を正確に捕捉することができ、これにより正確にキャッシュバック額を計算できることになる。
この様に、デッド・チップ、ローリング方式は、専らアジアにおいて、アジア人(中国人)顧客を対象に、慣行として定着してきた手法である。果たして、わが国においてもかかる仕組みを採用できるか否かは、租税法上、かかる仕組みをどう把握し、規制をどうデザインするか次第となる。