20世紀初頭から中庸にかけて、米国ネバダ州に存在した伝統的なゲーミング・カジノ事業とは、その当初は、個人や家族が経営主体でもあり、中小規模の施設でしかなかった。買収の対象となりやすく、内部から影響力を行使しやすい仕組みでもあったわけで、これがマフィアに目をつけられた一つの要因になる。ゲーミング・カジノに巣くってしまったマフィア等の組織悪を追放すれば、当然これを代替する健全な民間事業者が必要になるが、商業的賭博が本来持つ事業性の良さは、株式会社たる上場企業をもこの産業に引きつけることになった。この場合、当初の制度では、当該事業会社がライセンス取得を申請する場合、その全ての株主も同時にライセンス取得が要求され、これに伴い株主も背面調査の対象になった。これでは、株主が多い大企業にとってはハードルが高すぎることになる。1969年の制度改定により、ライセンスの対象となる株主は議決権のある有効株式を10%以上保持する株主のみと限定することになり、株式が分散された上場企業は、この分野に参入しやすくなった(尚、5%以上の株式主体は規制当局に対し報告義務はあるが、ライセンス取得義務はない。企業自体とその構成員はライセンス取得が要求されたが、支配権を持たない一般株主までは要求されないということになる)。これにより、ゲーミング・カジノの産業化が進展し、新たにホテル資本や、観光産業等の大資本が参入する道が開け、金融機関もこれら産業に融資できる体制が整い、大型投資や事業を担う環境が整ったといえる。
上場企業によるゲーミング・カジノの運営にもかかわらず厳格な監視や監査・検査が継続されたのは、制度の厳格性が保持されることにより、ゲーミング・カジノ産業全体の健全化が維持され、これにより、これら上場企業が安心して、経営や運営を継続できえたからに他ならない。規制と制度を緩和すれば、やはり悪や不正、組織悪は介在しうるリスクが生まれるということなのであろう。この結果、資本の集約化、施設規模の拡大化、顧客サービスの改善が図られ、ゲーミング産業そのものが地域社会に根付いた一大余暇産業・観光産業として認知されていくことになった。成熟化する産業と共に、政策自体もゲーミング産業を認知し、育成し、この産業と共に、地域経済や社会を発展させるという考えに段階的に変化していった。ゲーミング・カジノにかかわる事業者の全般的健全化に伴い、新たにゲーミング・カジノを導入する国や地域では、導入に至る政策目的がより明確に、税収増、雇用増、経済発展、観光振興などの経済的好機(オポチュニテイー)を捉えることにシフトしたともいえる。単純な税収増だけではなく、ゲーミング・カジノがもたらす、経済効果、雇用効果、消費効果など様々な経済的便益をもできる限り享受するというもので、雇用や地域経済振興に関する効果、観光客、ビジネス旅客を誘致し、滞在させ、支出させる効果などが、主たる政策目的として認識されるようになってきたことになる。この政策目的は不況になると、為政者により、強く主張され、税収増や景気浮揚のための効果的手段として、活用され、これら施設が新たに実現していったという歴史的事実も存在する。
このゲーミング・カジノの積極的な前向きの経済効果のみを喧伝する政策は、2000年代以降、一部の国においては、再度変化しつつある。これはゲーミング・カジノ産業が社会の中に厳然として存在することがもたらす様々な社会的問題に国民や住民の関心が行くようになってきたという背景が生じてきたからである。市民社会において、賭博依存症患者がもたらす社会的な影響や、現実に生じた地域社会におけるこれら社会的危害に対する対応策の必要性が、政策的に認識され始めてきたからに外ならない。これにより、経済的好機のみを追求する政策ではなく、あくまでも地域社会の関心事にも配慮しながら、バランスのとれた施行と成長を志向する政策が生まれた。賭博行為がもたらす潜在的な危害に着目し、これをできる限り縮減する施策を同時平行的に行い、経済的好機とのバランスを図ることになる。
現代先進諸国におけるゲーミング・カジノを施行する施策に関する基本的な趨勢は、このように、①社会と共生し、地域社会の関心事にも適切な対応が措置されることにより、②国民・市民の信頼と支持を得られる仕組みであること、③これを前提に経済的好機をも追及することという二つの軸のバランスを図る施策に転換しつつある。勿論全ての国でそうではないわけで、途上国においては、現状においても税収獲得や外貨獲得のみが一義的な政策目的という国も現存する。但し、現代先進国の趨勢は経済的好機と社会的関心事のバランスを如何に実現するかにあるという政策を志向することに確実に傾斜しつつある。