自国内にカジノ施設があり、隣国に無い場合、隣国の顧客を自国に呼び寄せ、観光客として自国のカジノに誘致し、支出を促すことができる。これは、外貨獲得に繋がりサービスを隣国に輸出することと同一で、ネットで富の流入になる(貿易外収入)。この様に、人を惹きつける魅力のある集客施設で、かつ外国人観光客を集客できる施設の消費効果は、サービス輸出に等しい経済的効果をもたらすことができる。一方全く逆に自国内にカジノ施設がなく、隣国にある場合には、自国民が外国に観光客として出かけ支出してしまうことになり、ネットの富の流出になってしまう(貿易外支出)。陸続きで国境が存在し、国境を越えた観光や人々の交流が日常的になり、盛んになる場合、国境の壁を越えてゲーミング・カジノに参加する人々がどうしても生まれてしまう。国境カジノという概念が生まれたのにはかかる背景があり、国境にカジノを設置し、自国民ではなく、隣国の顧客を専らの顧客にするわけである。隣国でカジノが認められておらず、国境間の人の移動に大きな規制が無い場合には、確実に隣国の顧客を吸い寄せることができる。隣国にすれば、自国民の支出が他国に吸い取られ、富が流出することになる。隣接する国々が異なった制度や政策を採用した場合、潜在的な需要が一国に存在し、その供給を同じ国では満たせない場合、この需要の差異を裁定するように人々が動いてしまうのであろう。
隣国に対する手段として、新たに制度を設け、逆に自国の国境、州境沿いにカジノ施設を設置することを政策的に認める競争対抗戦略が取られたケースが存在する。カジノも外国人旅客を争奪し、かつ自国民を隣国に行かさずに、自国施設へ誘導する施策の効果的なツールになる。ゲーミング・カジノがもたらす税収の魅力がかかる政策を強力に推し進める要因になるのであろう。実は世界にはこの競争対抗戦略を政策的に実践した事例は枚挙にいとまがない。
カナダのオンタリオ州ウインザー市は産業がほとんどないのどかな住宅地帯なのだが、川を挟んだ対岸は米国の巨大産業都市デトロイト市になる。オンタリオ州のロッテリー・ゲーミング公社は、対岸の米国からよく見える目と鼻の先のこの地点にカジノを設置、米国人顧客の誘致に成功し、大いなる成功を納めた。過半の顧客は国境を越えて来訪する大都市デトロイトの米国人居住者でもあり、米国の富が単純にカナダに流出する構図でもあった。これに対抗する戦略としてミシガン州がとったのは、デトロイト市のみ、かつこの市に限定して、三つのカジノ施設を同時に設立するというもので、州民投票によりカジノを作る動議が可決され、1997年に法律を制定、カジノが実現し、現在に至っている。これらカジノはその後、お互いに増設、施設改築を実施したが、どちらかが衰退するという結果にはなっておらず、逆に市場そのものを拡大した結果を招いた。カナダのナイアガラ瀑布は北米最大の観光資源でもあるが、1998年よりオンタリオ州ロッテリー・ゲーミング公社はカナダ側にカジノ施設をオープンし、大きな成功を納め、2004年により巨大なカジノホテルを建設し、瀑布に来る顧客の過半をカナダ側に引き寄せる効果をもたらしている。米国の対岸バッファロー市にも、競争対抗的にカジノ施設ができたのだが、瀑布の景観や距離などからこの場合は明らかにカナダに軍配が上がってしまっている。国をはさんで、政治や政策が対峙する場合、かかる競合状況も起こりうるということであろう。
尚、欧州でも類似的な事象はある。イタリアにおいて認められているカジノはその全てが国境に近いリゾート地帯になる。スイスの一部カジノ、たとえばバーゼルに設置されたカジノ施設も明確に国境カジノであって、自国の国民を他国に行かせずに、逆に隣国の国民を自国に誘致するという構図でもあった。これは明らかに他国に対する競争対抗戦略以外の何者でもない。
観光は人々の交流の場でもあるのだが、時としてこの様に、競争対抗戦略のツールとして隣国の観光客や消費者を奪い合うという政策が現実のものになることがある。そのもたらす経済効果が大きい場合、無視できない施策方針になってしまうということなのであろう。尚、国境の施設である場合、国境では当然パスポートが必要、カジノ施設でもパスポート提示が本来あるべき姿なのだが、交流が頻繁になる場合、必ずしもかかる慣行が遵守されていない側面も生まれている模様である。