米国籍を持つ船舶の内部では、米国法が適用される。一方、米国の領海を離れた公海上にある米国船籍の船舶における行為は、米国法が適用されても、米国州政府の管轄権が及ぶ領域ではない。よって、公海上にある船舶に対し、一州政府が州政府の規制を適用しようにも無理がある状況があった。ここに着目し、専ら公海上で賭博行為を顧客に提供する目的をもった船舶が横行した時期があり、これを「目的地の無いクルーズ船」(Cruise to Nowhere)と呼称する。米国の港をベースとした航海をするが、本来目的とする寄港地がなく、領海を出で公海上において賭博サービスを提供し、一定時間後には同じ港に戻ってくるという仕組みである。これは外洋航海をする国際的なクルーズ船とはその機能も内容もかなり異なる船舶になる。このCruise to Nowhereを規制するための連邦法が1949年に成立した「連邦賭博船法」(Gambling Ship Act of 1949、Title 18 USC Chap 50 Sec 1081-1084)である。米国船籍の船舶内において実質的な賭博行為を禁止する内容となり、自国領海、公海を問わず、米国で登録され、かつ米国市民がその過半を所有する船舶は、理由の如何を問わず、全てこの規制対象となった。本来Cruise to Nowhereを規制対象としたものであったが、この法律の結果として、外洋を航行する本来の米国籍クルーズ船もこの対象となってしまった。この結果、以後、米国籍船のクルーズは殆どなくなってしまうという事象をもたらした。米国に寄港する外洋を航行するクルーズ船舶は殆ど全てが外国籍船となり、米国の領海を離れた公海上で当然のことながら、遊興としてのエンターテイメントカジノ賭博を提供してきたのが現実である。
一方、1951年「賭博機材輸送法」(Transportation of Gambling Devices Act of 1951通称ジョンソン法、Title 15 USC Sec 1175~1178)は、賭博機材の使用が法令により禁止されている州に意図的にかかる賭博機材を輸送することを禁止し、州際間にまたがる賭博関連取引を実施する製造家・販売家を毎年司法省に登録させ、規制する内容で、州際間の取引を規制する一連の同時代の法律と類似的な内容になる。この法は、州際間の船舶を利用した輸送行為にも適用されるわけで、米国の領海及び特別海域において、賭博機材を製造し、調整し、補修し、販売し、輸送し、所有ないしは利用することも禁止の対象であった。船舶内部に賭博機械等を設備として保持したままで、米国の港に入ること自体が禁止の対象となるわけで、上記1949年法を更に補強するような制度といってもよい内容となる。尚、連邦司法省は、このジョンソン法は、外国籍船には適用されないという法的解釈を示してきた。米国船籍はダメだが、外国船籍ならば可能という前提で、これによりカジノ設備を船内遊興施設として保持する外国船クルーズは堂々と米国の港に寄港できたわけである。
1990年代になると、時代は変わり、米国内でも様々な形で賭博行為が段階的に認められてきたという時代的背景があったと共に、所謂豪華クルーズ船が米国人の人気を得るようになってきた。この段階では、80以上のクルーズ船が米国に寄港したが、米国籍船は最早競争力は無く、殆ど全てが外国籍船となる状況になった。船舶を米国籍船とするメリットもなく、米国籍船では逆に競争力も無くなるというのが当時の実態でもあった。例え米国籍船であっても、米国領海ではなく、公海上であるならば、賭博行為が可能となるようにし、米国籍船にとっての競争上の不利を是正し、米国籍船を増やすべしという主張が議会でも強まり連邦議会で成立した法律がジョンソン法の一部を改正した1991年「米国籍クルーズ船競争法」(US Flag Cruise Ship Competitiveness Act)である。これにより、米国籍となる外洋クルーズ船も公海上であるならば、賭博行為を船内遊興サービスとして提供できるようになった。また同年、ジョンソン法は更に改定され、当該米国籍船が専ら賭博行為を公海で提供する船舶(Cruise to Nowhere)であっても、当該船舶が停泊ベースとする州が、別途当該航海の中で賭博機材を利用することを禁止する法律を制定しない限り、当該州の領海外の公海で賭博機材を使用することを認めることとした。これにより、州法により、ジョンソン法の適用除外を別途規定しない限り、米国籍船での公海における賭博船が自動的に認められることになったわけである。但し、これでも法の適用に関し、様々な疑義が生じ、結局1996年に「米国賭博船法」(US Gambling Ship Act、Title 18 USC Sec 1081)が成立し、これにより、公海上における米国船籍賭博船(Cruise to Nowhere)による賭博行為が認められ、かつこの管轄権は連邦政府から州政府に移管することが定められた。最終的に州としてこれを認めるか、認めないかは連邦法の問題ではなく、あくまでも州政府の法令により州政府が定めるべき管轄権とする改定になる。これに伴い、州法が一定の規制を設けたCruise to Nowhereが、東部諸州、フロリダ州及びアラスカ州等で実現することになり、大きな成功を収めるに至っている。
河川や内陸湖沼におけるリバーボート・カジノは明確に州政府の管轄対象になる船舶カジノでもあるが、公海におけるクルーズ・カジノは、規制や監視の対象とはならず、かなり特異な制度的環境があり、かつ特異な歴史的経緯がある存在になる。もっとも現在の米国には、賭博船舶(Cruise to Nowhere)は数多く存在するが、米国籍船の外洋クルーズ船は上記法規定にも拘らず、限定的な数しか存在しない。