米国連邦政府は1976年時点で米国における賭博市場を調査したことがあったが、その後20年間に亘り組織的な調査検討は行われていなかった。この間、様々な州においてカジノを含む多様な賭博行為が合法化されたり、先住民部族カジノが大きく進展したりするなどの環境変化が生じ、米国社会自体が大きく転換し、エンターテイメントとしてのカジノが産業として発展したという事実がある。この結果、現実の社会にある賭博行為の在り方を検証し、これがもたらす社会的・経済的影響度を詳細に、国として調査検討し、評価すべきという声がおこり、クリントン政権下の1996年に、公法104-169号により議会に設立された調査機関が米国ゲーミング影響度評価委員会(National Gaming Impact Study Commission, 略称NGISC)である。この委員会は2年間の時限つきで、米国における賭博行為の包括的な法的検討や事実の検証を行うことを目的として設立された。9名の委員から構成され、3名は大統領、3名は上院院内総務、3名は下院与党代表が指名し、2年間にわたる様々な調査を経て、1999年にその報告書が取り纏められ、公表されている(http://govinfo.library.unt.edu/ngisc/reports/finrpt.html)。
この報告書は、その範囲や深さにおいて、調査時点における米国現代社会の賭博行為の実態と課題を取りまとめたものになっており、現在においてもその価値は高く評価されている。90年代末期の米国においても、賭博行為と犯罪との関係や、経済的・社会的効果に懸念を抱いていた米国人が少なからず存在したことも事実であり、社会実態の正確な影響度評価は存在しなかった。この報告書は、賭博が実態経済にもたらしている経済的・社会的効果を評価し、あるべき規制の姿、賭博依存症、インターネット賭博、部族賭博、社会的な影響度等継続的に調査研究が必要となる諸分野に付き76項目の政策的課題とあるべき方向性を提言している。
主要な課題等で特記すべきポイントは下記等にある。
① 米国における賭博行為の影響度と評価を中立的に評価し、州政府による現状の規制のあり方は適切とし、かつ規制の主体は州政府であるべきとしている(例外はインターネット・カジノ賭博と先住民部族賭博で、これに関しては連邦政府の適切な関与が必要という評価になる)。
② ゲーミング・カジノは単なる遊興を超え、産業として定着し、地方経済を活性化させる顕著な役割を果たしていること、経済的に疲弊した地域においては、雇用を促進し、失業解消に役立ち、これに伴う政府支出を削減する明確な経済効果があること等を評価している。また、新たにカジノを開発する場合には、地元の顧客を対象とするよりも滞在型リゾートとして、顧客を誘致し、集客することのほうが、より質の高い雇用や経済効果を創出できるとしている。
③ 一方、同報告書は、賭博行為がもたらす社会的に否定的な側面に関しても警鐘を鳴らしており、関係者による政治献金の廃止、安易なコンビニエンス・ギャンブルを明確に規制する必要性、ロッテリー賭博のより厳格な運用に関わる規制の必要性、攻撃的な広告の規制、財政収入を拡大するために安易な形で賭博を導入することの抑制、ゲーミング・カジノ施設におけるクレジット・カードなどにより、資金を引き落とせる機械の設置禁止の必要性などを指摘している。
④ また、賭博依存症患者対応策としては、全ての政府関係者や業界関係者を関与させ、複数の業種にまたがり必要なあらゆる手段をとるべきとしており、ライセンス(免許)付与の条件として一定の対応施策を担うことを宣言させ、実行させること、ゲー-ミング特権税、費用賦課その他の寄付行為等により十分な財源を確保すること、また具体のカウンセリング、治療体制の充実を図るべきことなど、詳細かつ具体的な提言をしている。
⑤ インターネット・カジノは管理できない影響度をもたらすことより、連邦法により禁止することが適切とし、先住民部族カジノに関しては、一定の連邦政府の関与により、諸部族間における共通した規範が構築されること、また、連邦・州政府と部族との規制や負担のバランスが重要なることを指摘している。
この報告書の結論は、現在においてもいまだに効果的、かつ適切な提言である内容も多い。これらの多くの項目は、その後連邦政府、州政府、部族政府あるいは関連民間事業者により、政策的、実務的に取り上げられ、実践された。一方、現在に至るまで、様々な議論はなされているが、手のつけられていない課題も存在する。あるいは、市場の急速な発展に伴い、この報告書による指摘とは全く反対の方向に向かった課題もあると共に、この報告書には記載の無かった新たな課題も別途生じている。それだけ実際の世の中の動きは早いということでもあろう。