では民間事業者(施行者)レベルでは如何なる対応策が取られているのであろうか。賭博の提供が潜在的に市民に対し、様々な危害をもたらしうるという認識は、1980年代以降ゲーミング・カジノの導入と共に市民の間で広まり、市民社会において、何等かの対応を求める声が段階的に高まっていった。これに呼応する形で、80年代から90年代にかけて、民間事業者(施行者)レベルでも、大手事業者が中心となり、自主的にこの問題に対する対応の枠組みが考慮され、実践されてきたのが現実になり、これが現在迄継続している。賭博依存症対策への対応は、賭博消費を抑制することに繋がりうるため、米国では、政府自らが問題を積極的に政府の施策として取り上げ、事業者に対して対応の為に何らかの義務を課すという考え方は伝統的に忌避され、あまり根づいていない。勿論、賭博依存症対応策の財源として、賭博関連税収の一部を振り分ける施策や、民間の医療主体、カウンセラー、非営利法人、大学等調査研究主体に対する補助金付与等は、実施されており、依存症患者自己排除プログラムを制度化し、民間事業者にその履行を義務づける考えも一部には存在するが、民間部門における自主的、主体的な対応を促すことが州政府にとっての基本スタンスでもあったことになる。
この間、民間事業者(施行者)レベルで段階的に構築され、主張され、実践されてきた倫理規範あるいは経営指針としての考え方が、「責任ある賭博」(Responsible Gambling)という概念になる。責任ある賭博とは、賭博行為を提供することに関連した様々な主体が、賭博行為がもたらす否定的な影響から顧客を保護し、公正かつ健全なゲームを提供するために、最も高い倫理基準を保持するという考えになる。現代社会では、業界、個別企業を含めてこの規範を主張しない企業は皆無であるといってもよいかもしれない程共通化した規範となった。この範囲は、広く、一般的には、下記分野に跨る包括的な概念になる。
① (賭博依存症患者等)社会的弱者の保護、
② 未成年者による賭博行為の防止、
③ 不正や犯罪行為の防止・抑止、
④ 個人情報の保護、
⑤ 顧客に対し、公正なゲームの提供、
⑥ 倫理的かつ責任あるマーケテイングの実践、
⑦ 顧客が満足する安全、健全な運営環境の実現、
現状では、殆どの大手カジノ施行事業者は、上記責任ある賭博に関する自らの行動規範を纏め、かつこれをホームページで公開している。また業界団体も同じ考え方を提唱し、主張している。
上記の内、重要なのは、企業の自主努力として、社会的弱者に対する何等かのセフテイーネットを設けると共に、かかる社会的弱者が賭博行為に参加することを防止する様々なプログラムを内部的に実践する考えと行動になる。例えば、実践されている行動には下記等がある。
① 賭博がもたらす潜在的危害の認知と責任ある賭博に関する、従業員並びに顧客に対する教育プログラムの策定と実践。
② 個別企業でのバラバラのプログラムから業界団体による全国的な職員・一般顧客教育プログラムの共通化、考え方の整理等の実践。
③ 行動規範(Code of conduct)の策定と実践(顧客教育、従業員教育、未成年賭博の防止、責任あるアルコールサービスの提供、責任あるマーケッテイングと広告の実践)。
④ 個別施設におけるゲームの確率の仕組みの正確な理解のための顧客教育(パンフレット配布等)。
⑤ 潜在的な問題を抱える顧客に対する現場レベルでの対顧客相談窓口の設定(あるいは電話ヘルプラインの設置によるカウンセリングの無料提供)。
⑥ 自己排除プログラムの策定と実践(制度的にプログラムを設定することが事業者の義務となる州もあるが、制度が無い場合でも、自主的に自己排除プログラムを設け、実践することなどがなされている。本来、同じ地区に複数施設が存在する場合、これら施設間で協調しながらプログラムを実践すべきだが、全ての州でかかる体制が取れているわけではない)。
⑦ カウンセリングや治療を担う医療主体への財政的支援(個別企業が地域社会に対する貢献の一環として直接的に費用負担する場合や、業界団体を通じて寄付等による間接的支援によりなされる場合等がある。一般的に制度的にこれら組織に対する財源が担保されている州の場合には、個別企業がこれに加えて財政支援をすることはあまりない)。
賭博依存症等社会的弱者に対する対策は、現場レベルでの事業の運営に関与する経営者や従業員による正確な認識と対応が必要で、問題となる顧客をできる限り早期に特定化し、対応を図ること、あるいは、問題を起こさせない仕組みや、問題が起こりうることをできる限り抑止する仕組みを考え、実践し、問題が生じた場合のセフテイーネットを張るという考え方を組みわせて実践することがなされている。広義の意味でのCSR(企業の社会的責任)に繋がる考え方でもあり、如何に社会的問題を縮小化するかにつき、様々な試みが実践されているのが米国企業の実態でもある。