自由な国米国では賭博行為に関する市民や住民による反対運動はどのような形で形成され、発展し、如何なる運動をしているのであろうか。あらゆる国において、宗教的、心情的、倫理的な観点から賭博行為に反対する意見は常に社会内部に存在する。もっとも、これが社会的に受け入れられ、大きな運動になるか否かは、時代の背景や環境によっても異なる。かつこれらを反映した人々のパーセプションの在り方によっても異なる。米国においても、賭博行為を認める制度を新たに設ける政治的な動きがある場合、必ず反対運動がおこる。これは社会的に目立たない場合が多いのだが、大きな注目を浴び、反対が賛成を凌駕してしまう場合も稀には存在する。米国では反対運動が組織化され始めたのは、1990年代以降、州政府や議会、一部コミュニティーが商業的カジノ施設の制度化とその誘致に走ったことが契機になったといわれているが、その存在は少数派であり、現在に至るまでその運動は必ずしも効果を上げているわけではない。
賭博法制の新たな立法化は、米国では州憲法の改定、これに伴う実施法の策定等、議会や一部住民の直接投票を含む同意取得手順が取られると共に、実際の地点選定に際しても、地域住民の直接投票による是非が問われる手順が組み込まれることが通例となる。議会や為政者の判断で一方的に決められることが無いようにする配慮となる。また、米国では法の発意やその提唱(Advocacy)には特定の利害関係者が関与することを許容する柔軟性があるため、バランスを取り、反対派の主張や異なる選択肢を主張する意見をも反映できる仕組みを取っていることになる。かかる事情があるために、賭博法制に対する反対運動も、州や郡・コミュニテイー(市町村)レベルが端緒となっており、知名度は低いが、既にカジノが存在している州にも、あるいはこれから制度を設けようとしている州にも等しく存在する(例えば、Casino Free Philadelphia, California Coalition Against Gambling Expansion, Alabama Citizens Action Program, Casino No (Maine), United to Stop Slots in Massachusetts等列挙したらきりがない)。多くの場合、①地域社会における環境悪化への反発(NIMBY、Never in my Backyard)②特定の利害関係者が案件を推進することに対する政治的反発、③心情的、宗教的、倫理的反発等がその反対理由になり、インターネットやソーシャル・ネットワークを活用した市民運動として構築される。但し、組織的・効果的な反対運動になるケースはまだ限られる。住民の直接参加がベースになり、対象地域が限定されることなどがその理由であろう。激しい反対も起こりえないのは例えば教会等が寄付を募るために実施するビンゴ等が社会的に広く認められてきたという過去の経緯があり、社会一般的には賭博行為を許容する伝統があることによる。もっとも、マスコミの注目を浴び、時には対立が大きな話題を呼び、反対派が勝利することもある。例えば、南北戦争時点の著名な戦場であったペンシルベニア州ゲテイースバーグ近郊にカジノを設置するか否かが提示された際の住民の組織的な反発(No Casino Gettysburg Movement)で、全米の注目を浴び、反対運動が功を奏し、州政府機関がこの地点ではなく、別の地点を選定する判断を下したという事例である。通常の場合、州民や地域住民による直接投票による是非の判断や公聴会やパブリックオピニオン取得、住民意見取得のための説明会等、地域住民が直接その判断に係る仕組みを予め制度として設けており、かかる施設の設置が、政治家や為政者の判断により一方的に決められることは無い。だからこそ、激しい反対運動にはなりにくい。少なくとも住民の総意が確実に反映される手段があるためであり、住民内部の反対合意形成を地道に実施した方が、反対運動は成功するからである。
尚、これら地域的に分散化した草の根の運動の一部には1990年代後半以降、全国的な組織として発展した団体も存在する。例えば
✔ Stop Predatory Gambling Foundation「略奪的な賭博を止めさせる為の財団」:
2008年創設された非営利組織。在ワシントンでロビー活動をしており、内国歳入法501C3条の非営利財団となり、財源は寄付金、また寄付金は税額控除の対象になる。
✔ National Coalition Against Legalized Gambling(「合法化賭博に反対する国民連合」:
1994年創設の非営利団体で各州の市民団体活動や非営利団体の活動を纏める意見集団になる)
等である。連邦政府に対する運動や全米単位での活動の活性化という目的もあるのだろうが、少数派でしかないことが米国の現実で、その声はあまり大きくなっていない。
一方、賛成のための市民運動も存在し、近年着目を浴びている組織としてPoker Players Alliance「ポーカー・プレーヤーの為の同盟」という非営利団体がある。公称会員は何と100万人以上となり、インターネット・ポーカーは技量のゲームであり、賭博ではないとして、その合法化を求める運動組織になる。ネットを通じた市民運動を通じて、大きな会員制組織となり、連邦議会議員をもオルグし、味方につけるというロビー活動をするまでに発展した事例である。こうなると、政治的には侮れない主体になってしまう。
尚、賭博依存症患者に対する対応策を地域や市民レベルで対応しようとする非営利組織も各地域や各州に存在し、その全国組織も存在する。但し、多くの場合、これら地域組織や全国組織は、賭博行為に対しては是でもなく、非でもなく、中立的であることが多い。カジノ施設側の協力を得ないと問題解決はできないわけで、中立的なスタンスをとりつつ社会的危害を是正するという立場がその基本となっているからである。