ニュー・ジャージー州アトランティック市はネバダ州ラスベガス市と共に、長らく全米の1~2を争うゲーミング・エンターテイメント市場を構成していた。ところが、2006年迄右肩上がりを続けてきた総粗収益は、2007年以降減少に転じ、以後このペースは止まらず、2006年に比較すると2011年レベルでは総粗収益レベルで36%も減少するという構造的な問題を抱えることになった。ネバダ州ラスベガスは2008~2009年の不況から回復し、2010年以降は再度成長軌道に乗りつつあるが、一方、アトランティック市は更に下降気味で復調の気配はない。
長期的なアトランティック市の趨勢を見るとこの構造的問題が浮かび上がってくる。
① 1978年に始まり、その後1985年頃までは急速な成長期でもあり、なんと年売り上げの成長率が平均55.07%に上った時期になる。倍々に売り上げが伸びた成長期でもあった。
② 1986年以降、2006年までは、成熟期に入り、極端な成長はないが、安定的な成長を示した時期でもあり、年平均成長率は4.37%程度となった。尚、1984年以降、スロット・マシーン(機械ゲーム)の売り上げが、テーブル・ゲームの売り上げより大きくなるという事象が生じている。
③ 2006年が総粗収益のピーク時となり、その後のリーマン・ショックや世界経済不況に伴い、以後、アトランティック市の総粗収益は減少の方向に転じ、毎年マイナス8.62%平均で市場が縮小しており、明らかに停滞期に入りつつある。
2008年からのリーマン・ショック以降、数年間に亘り、観光業やカジノ産業も伸び悩んだという事実はあるが、ニュー・ジャージー州アトランティック市の凋落はそれ以前、2007年からの構造的なもので、段階的に市場が縮小化しつつあるところに不況が拍車をかけたという実態に等しい。ニュー・ジャージー州の過去の顧客層は、車で数時間の距離にある周辺の巨大人口集積州、即ち、ニューヨーク、ペンシルニア、バージニア、メリーランド、デラウエア、ワシントンDCからであり、これらの州に類似施設が無い時代においては、圧倒的な人気と集客力を誇り、無料日帰りバスツアー等により、近隣州から多くの集客を実現してきた。但し、独占的状態が継続したのは1990年代末までとなり、2000年代以降は、段階的に様相が異なってくる。これは東部諸州、特に、メリーランド、バージニア、デラウエア、ペンシルベニア諸州で、都心部に近い競馬場にスロット・マシーンを設置するレイシーノ(Racino)が段階的に認められるようになってきたこと、2000年代中葉以降は、機械のみを設置するスロット・カジノ等が認められ、更には、既存のレイシーノやスロット・カジノにもテーブル・ゲームを設置する動きが各州で本格化してきたことから生じた事象である。2010年代以降は、ペンシルベニア州の諸施設等は実質的には本格的なカジノ施設へと転換していったと共に、ニューヨーク州においても郊外のレイシーノのみならず、2011年以降は市内の競馬場にレイシーノが設置され、盛況をもたらすに至っている。これらニュー・ジャージー州以外のカジノ的な賭博施設は、不況期を通じても、いずれも好調であるにも拘わらず、ニュー・ジャージー州アトランティック市のみの売り上げが逓減しているという状態が続いている。 レイシーノではなく、本格的なカジノを設置する動きは、ニューヨーク州、コネチカット州、ロードアイランド州、メイン州でも生じており、近い将来、東部各州の殆どに、本格的なエンターテイメント・カジノが設置され、市場が州毎に分散することになる可能性が高い。より遠い所にわざわざでかけるよりも、近隣に類似的施設がある場合、どうしても、アクセスの良い近隣施設へと顧客の足が向いてしまうからでもある。
上記でみたとおり、
① 市場に顧客は存在し、パイはあり、施設数が増えることで全体市場は拡大しているのだが、顧客は利便性、アクセスのより良い施設へと流れる性向があり、東部各州に類似施設ができる場合、過去これら地域の顧客を独占してきたニュー・ジャージー州アトランティック市にとっては顧客を取られる事象(これをCannibalizationという)が生じている。即ち近隣州のカジノ総粗収益は上昇基調にあるが、ニュー・ジャージー州では逆になり、低迷・縮減している。
② 一定地域にカジノ施設を集積するエンターテイメント地区を設け、顧客を集客するモデルは、地域独占が存在する場合には機能する。あるいは、ラスベガス市のように、他地域と比較した場合、差別化できる魅力があり、観光客やコンベンション客を全米から集客できるキャパシティーがあったりする場合にも機能する。 アトランティック市の施設はそもそもカジノ・エンターテイメントを中心とした施設群でもあり、近隣州から一般顧客を大量に集客するモデルでもあったがために、差別化できる魅力も少なかったとうことだったのであろう。
ここ数年間の低迷に関し、ニュー・ジャージー州の為政者も危機感を持ち、様々な施策を導入し、顧客増、粗収益増・税収増を図ろうとしているが、改善の兆候はない。地域や施設としての特段の魅力が無い場合、あるいは他施設と比較した場合の差別化ができない場合、集客施設における集客を維持することは単純ではない。