ゲーミング・カジノ法制度の構築に際し、ネバダ州とニュー・ジャージー州が当初とった考え方の差異は、以後類似的な法制度を構築した州や諸外国にとっても参考になった側面がある。ニュー・ジャージー州は基本的な制度構築に際して、①悪、組織悪、不正、汚職等を排除することのみならず、②州政府自身がカジノ業界に深くコミットし、州財政があまりにもカジノに依存することにより本来あるべき規制の考え方が歪むリスクに関して極めて慎重なスタンスをとった。この後者の考えはネバダ州には当初から存在しない。かかる事情により、政府や規制機関の運営が、カジノからの税収やカジノ・ハウスによる費用負担に過度に依存することを意図的に避けたという経緯がある。一方制度としては、ニュー・ジャージー法はゼロからのゲーミング法制創出となるため、法体系としてわかりやすく、最初から精緻な枠組みの法制度となっているという大きな特色を持っている。
2011年前迄の時点で、二つの州を比較した場合、下記差異が存在する。
(a) 公安・警察当局の関与の在り方と位置付け:
ネバダ州は法令により、既存の警察機構の組織とは別に、独立した公安・警察機能を保持する州政府の機関としての行政委員会が掌理するゲーミング・コントロール・ボード(GCB)を設立している。一方、ニュー・ジャージー州は法の執行機関(DGE)は、あくまでも既存の公安・警察機構の一部でもあり、これが調査ならびに監視・摘発を集中的に担う体制を当初とった(勿論一つの部局というには大きすぎ、かなりの規模になり、かつこのゲーミングに関する業務に特化していることが特色となる)。一方、ニュー・ジャージー州では、規制機関たるカジノ管理委員会も監視や一部調査義務を担っており、ネバダ州でゲーミング・コントロール・ボードが担っていた一部の機能はニュー・ジャージー州では規制当局であるゲーミング管理委員会が担う形で、業務をこの二つの機関で分担しあった構図ともいえる。完璧な分担ではなく、一部業務は重複しているが、逆にチェック機能が働くような仕組みとなっていた。
(b) 組織と権限付与の在り方:
ネバダ州では規制機関となる行政委員会は自らの職員・組織を持たず、法の執行を担う機関(ボード)に事務機能を依存している。この意味では、ネバダ州の規制機関は最終判断主体ではあるが、実務は法執行を担うボード(GCB)が全て支えており、この上に規制機関が単純に乗っかっている二層構図になる。一方、ニュー・ジャージー州では、規制機関自体が独自の職員、巨大な組織を保持し、かつ法の執行を担う機関(DGE)もかなりの職員・組織を平行的に保持している平行的な構図として組織が構成された。調査、摘発、監視は法の執行機関(DGE)に委ねるが、ライセンス許諾、税徴収などは規制機関の専権とし、かつ事業者のモニタリング、監視等に関しては、一部法の執行を担う機関と重複した機能を保持し、チェック・アンド・バランスの体制を意図的に構築している。但し、お互いの意見や判断が異なり、対立したりするリスクはゼロではない。また、規制や監視の費用は結局事業者に転嫁されることになり、事業者にとっては負担が重く、極めて費用がかかる仕組みでもあった。
(c) 制度の厳格さ:
ニュー・ジャージー州の規制の内容、深さ、範囲はネバダ州と比較するとはるかに厳格な内容となっており、制度としては極めて緻密なものとなっていた。やはりニューヨークにまだマフィアが現存していた時代の遺制でもあり、慎重しすぎるほどの体制と制度を考えたということが過去の経緯である。だからこそ制度そのものもかなり厳格であると共に、規制機関や法の執行を担う部隊も大きな組織となっており、規制の社会的費用はそれだけ高いものになってしまったことになる。
両州に共通し、以後のゲーミング・カジノ法制で取り入れられることになった共通化した考え方とは、①ライセンス制度により入口で参入規制を厳格に規制し、例えライセンスを付与しても、当該主体の行動とパーフォーマンスを不断にチェック・モニターする仕組みを構築したこと、②管理する公的主体が厳格な規制を制定し、かつ厳格に法の執行を担う意思があり、それを実践する組織体制をとったことでもあった。これにより、確実に組織悪を排除し、違法行為を未然に防止する明確な効果があることが理解されてきたからに外ならない。その後のニュー・ジャージー州の政策変更は、この二つの州の在り方が類似的な方向に向かいつつあることを示唆している(2011年に成立した制度改革により、ニュー・ジャージー州特有のシステムは限りなくネバダ州に近いものとして再構成されつつある)。尚、現代社会では、①州毎の異なった規制機関同士での連携や協力、情報交換の仕組みが発展するとともに、②マネー・ロンダリング等の共通の課題に関する連邦政府諸機関(FBI, FinCen)との連携・協力の仕組みも発展しており、制度や規制の考え方は段階的に均質化しつつあるといえる。