ゲーミング・カジノの法制度を創出し、産業を興し、かつこれを維持していくことは、簡単ではない。単純な許可制として、認可行政をするだけでは不十分だからである。ゲーミング・カジノ法制に実効性をもたせるためには、業の参入に関する認可の在り方を厳格にすると共に、かなりの規制と監視を継続的に実施する体制を組み、かつそれを実践することが必須の要件になる。このためにはどうしても、社会的な費用がかかってしまうが、これに税金を支出することは、市民社会では中々認められにくい。かつまた、政治的にも問題となってしまう。商業的な許諾賭博とは、本来税収増とその経済的効果を期待するものである以上、施行収益からこれら費用を支出する、あるいは施行から経済利益を得る受益者が社会的費用を負担すべきという考え方が米国では支配的になる。興味深いのは、如何なる規制と監視の組織を作り、どのくらいの人員・予算をかけ、これを実施するかに関しては、地域差や考え方の差異がかなりある。2011年以降は大きな転換が図られた為、比較が難しいが、それ以前の段階でのニュー・ジャージー州とネバダ州を比較することで規制費用の負担の差異を理解することができる。
2008年ベースでの統計によると、ネバダ州は、主要なカジノとして266の施設を有し、年間訪問旅客総数は5,159万人、その直接的雇用効果は20.1万人で、州全体の諸施設の総粗収益額(売上に相当)は約116億㌦に達する。因みにこの年の州にとっての総粗収益税額は、9.2億㌦であった。一方、同年ニュー・ジャージー州では、カジノ施設はアトランテイック市に存在する11の巨大なカジノホテル施設のみとなるのだが、年間訪問旅客総数は3,453万人に達し、その直接的雇用効果は3.86万人、これら施設全体の総粗収益額(売上)は、約45.05億㌦である。また、総粗収益税額は、4.27億㌦である。当然のことながら、ネバダ州の業の規模は遥かに大きいのだが、ニュー・ジャージー州は、アトランテイック市という極めて限定的な場所、限定的な施設数であるにも拘わらず、効率の良い集客と消費効果及び税収を実現できたことになるる。
勿論これら二つの州の間では、市場構造や制度の在り方が大きく異なるし、必ずしも比較をすることが適切とは判断できない。但し、規制や監視にどのくらいの職員や予算を充当しているかを比較してみることは、制度の考えをより明確に理解することに役立つことになる。ネバダ州は規制機関であるゲーミング管理委員会自体には固有の職員はおらず、実態は、執行機関となるゲーミング・コントロール・ボード(GCB)の職員総数が、規制と監視にかかわっている実総数と判断できる。2007年レベルで、これは総勢462名となる。 同年のボードの予算は4,358万㌦である(この中に、委員会費用は含まれている。また実費として事業者負担になる申請書費用等は予算化されていない)。この内の約半分の職員が法の執行と監査に従事していた。 一方、ニュー・ジャージー州は、同年2007年レベルで、規制機関たるカジノ管理委員会の職員総数が364名、予算が2,894万㌦、またこれと平行して存在する法の執行を担うゲーミング法執行局(DGE)が職員総数は369名、予算が4,321万㌦となり、これらを合計すると、総職員733名、総予算7,215万㌦に達してしまう。これは、ニュー・ジャージー州はネバダ州と比較して、遥かに層の厚い濃密な規制と監視の体制をとったことを意味している。尚、ニュー・ジャージー州では、これら二つの規制と法の執行を担う機関の全費用は、事業者に対するライセンス料等の料金収入や費用賦課を財源とし、あくまでも議会の承認が不要な予算・決算の構図となっている。独立採算的に規制の費用を捻出することになるが、やはり事業者にとっての負担は大きいこと、また歯止めが利かず、行政機構が肥大化してしまうという懸念が存在した。一方ネバダ州は、ゲーミングに関する税が一般会計へ入るため、規制と法の執行に係る予算・決算は全て州議会による議決・認証の対象となったという差異がある。
いかなる形が最も適切な規制の在り方で、どのレベルが本当に必要な規制の費用なのかは、地域や国の事情によっても大きく異なり、一般則のごとき考えは無い。上記二つのモデルは草創期の規制モデルでもあり、現代社会に本当に適合的といえるのかには懸念も残る。時代の趨勢は、簡素化、合理化にあり、規制の費用が高くなる市場は、事業者からは忌避される傾向がある。ニュー・ジャージー州が2011年に制度の大幅改定をした背景には、市場の実態にフィットした規制や組織の在り方を志向せざるを得なかったという事情があったのであろう。これら二つの州以降の米国の諸州は、地域や施設数を限定しながら、許諾する制度が前提となっており、ネバダ州やニュー・ジャージー州のような重たい管理組織や規制の在り方ではない、より簡素で、効率的な制度や仕組みを志向する趨勢となっていった。
尚、法制度創出から実際の税収が入るまでの間は州政府の機関とはいえ、一般会計からの支出が必要なわけで、これら費用を開業前時点で一括事業者に負担させる考えをとると共に、開業後は、規制と監視に関する年間実費用総額を、翌事業年度に全額各事業者に割り振り分担させるなどという考えを採用している州もある(ミシガン州)。