ニュー・ジャージー州では、カジノ事業者は法令により、「明確かつ説得力のある証拠により、自らの善良な性格、正直さ、清廉潔癖性を継続的に立証する義務」を負っており(NJSA CCA 5:12-1)、かつラインセンスを取得するカジノ事業者が「商業的、職業的,個人的に事業を営む相手は当該ライセンス保持者の適格性を評価することに関連する」(NJSA 5:12-84 c)こととしている(もちろんネバダ州においても類似的な規定が存在する)。即ち、米国内外で、もしカジノのライセンス保持者が投資等の何等かの事業活動を担う場合、その投資行為に伴う子会社の共同事業者、パートナーも(ライセンス要件は課されないが)適切な主体か否かその清廉潔癖性が問われることを意味する。同様に、ライセンス保持者の国外における活動も精査、モニターの対象となり、国外事業における子会社の不法行為は米国におけるライセンスはく奪事由に繋がる。カジノ事業者たるものは、例え国外事業であっても、あるいは子会社経由であっても悪に染まるべきではないし、かつ適格性の無いパートナーと事業を担うべきではないという考えになり、企業としての清廉潔癖性の一貫性と整合性を求める考えでもある(一端、直接的、間接的に悪に染まれば、必ず米国でも類似的な行動が起こりうると考えていることになる)。かかる事情により、ライセンスを受けた主体による海外投資事業は規制当局に対する報告義務事項になると共に、必要に応じ、一方的に米国の規制機関が関係者の適格性をチェックするという仕掛けになる。ニュージャージー州もネバダ州も制度としてはこの点、差異は無く、公平性、透明性という観点からも、(州が異なっても)同じ判断がなされるべきなのだが、この問題に関し、規制当局が異なった判断を示すという事態が2010年に生じている。
問題となったのはネバダ州ラスベガス市にも、ニュー・ジャージー州アトランテイック市でもライセンスを保持し、事業を行っている米国でも有数のカジノ事業者であるMGM Resorts International社で、同社のアトランテイック市の事業であるBorgata Casinoのライセンス更新に際し、同社のマカオでの投資事業に係わる合弁会社のパートナーであるPansy Hoの適格性が問題となったものである。Pansy Hoはマカオでのカジノ王と言われたStanley Hoの娘で、Stanley Hoの後継者ともみなされているが、Stanley自身は従前より中国マフィアとの強い関係性を指摘され、米国では規制当局のブラックリストに掲載されてきた御仁でもある。果たしてその娘は適格といえるのか、マカオにおける当該投資事業に伴う資本拠出の原資は本当にクリーンな資金なのか、問題はないのかという課題でもあった。この審査は、ほぼライセンス取得と同様な手続きをとり、本人を含む関係者からの申告書、聞き取り等を経て慎重に、かつ詳細に実施されたが、調査を担った公安当局であるニュージャージー州法・公共安全省・ゲーミング執行局は、2009年5月に①Pansy HoはStanley Hoから独立した主体とはいえず、両者とも、ニュージャージー州法に照らし、不適格、②MGM社は、Pansy Hoとの関係を断ち切り、同人及びその関係会社との直接的・間接的業務を絶つこと、③MGM社による法遵守の努力は欠陥があること、④本件に関し、公聴会を開催すべきことを規制当局であるカジノ管理委員会に報告した(この詳細報告書は一般に公開されている)。これら一連の動きの結果として、同州の規制機関であるカジノ管理委員会は、MGM社に対し、ニュー・ジャージー州のライセンスを保持するならば、マカオからの投資事業撤退を求める判断を下した。一方、米国のその他の州、ネバダ州、ミシシッピー州、ミシガン州では、MGM社による海外投資事業は適格とされ、同社に対し、何等かの措置がなされたわけではない。結果、なんと米国の複数の規制当局間で判断が異なる事態を招いてしまったことになる。
MGM 社はマカオ事業をやめ、アトランテイック市のライセンスを保持するかあるいは、アトランテイック市の投資をあきらめ、ライセンスを返上し、同市から撤退するかの選択を迫られることになった。結局、同社は、米国第二の市場からの段階的撤退を決断し、2010年11月にアトランテイック市にできた当時の最新施設であったBorgata Hotel Casio & Spaの50%株式を$73Mで売却し、同市場から退出した。アジアに拠点を持つ米国のカジノ事業者にとり、マカオからの収益は米国をはるかに上回る。マカオかアトランテイック市どちらを優先するかという選択肢は、事業者にとってはマカオしかないということになったわけである。尚、注意すべきは、規制当局の評価判断であって、ニュー・ジャージー州もネバダ州も事業者の清廉潔癖性については同等の規制を保持し、MGM社のマカオにおける関与については類似的な調査はしたはずだが、一方は黒で、他方は白という判断を示したことにある。何を根拠に適切ではないとするのか、適格性の判断はどのレベルまで如何に厳格になされるかの考えが異なるといえばそれまでだが、表面的にはニュー・ジャージー州は厳格、ネバダ州はやはり、カジノ産業には甘く、規制の厳格度は緩いという印象を与えたことは間違いない。 ニュー・ジャージー州におけるMGM社の施設は1ヶ所のみだが、同社は本拠地となるラスベガスには複数の施設を抱え、ライセンス上のインパクトは大きく異なる。ライセンスの剥奪や辞退は、企業の存続にもかかわる重要事でもあり、在外子会社のパートナーの適格性でこれを問題視するほどのことでもないという現実的な判断なのであろう。もっともこれが適切か否かは、別の判断になる。