前述したように、欧州諸国においてはカジノを含む賭博施行は、統一的な規制のもとになされているわけではなく、各国毎に異なった制度や規制が存在する。異なった制度や規制のもとに各国毎に施設が分散して存在するわけで、欧州全体として大きな市場圏を構成しながらも、国毎にこれらが競合していることになる。賭博需要の基本は、外国からの来訪客・観光客と共に、自国民の観光客・遊興客である。一方、地域社会における地域住民の参加も極めて旺盛で、公共秩序を保持するために、抑制的に賭博行為を認め、かつこれを厳格に規制することが、欧州諸国における一般的な考えでもあった。この考え方自体は、諸外国でも同様であり、必ずしも奇異な考え方ではない。一方、現代社会の特色は、輸送手段が飛躍的に向上し、様々な技術が発達して、諸国民が制約なく、交流し、交易でき、移動できる状況をもたらしたことにある。この市場の急速な広がりと交流の拡大、一体化は、例え賭博行為が国ごとの規制に守られていても、1~2時間で移動できる距離に他国が存在する欧州では、顧客が自由に国外に移動し、市場を選択するという行動を可能にした。規制や運営のあり方が国毎に大きく異なる場合、顧客にとっての賭博行為の意味合いも変わり、顧客が地域を選択する可能性が高くなる。かかる顧客の選択的行動が市場の圧力となり、将来的には制度や運営のあり方が均一化する方向に行くのではないかとも想定されている。様々な賭博種で試みられているインターネットを賭博行為提供のツールとして用いるアプローチはこの傾向を更に加速化させることになる。
この国毎に分断化された市場ともいえる欧州内部での唯一の統一的規範として存在するのはマネー・ロンダリングに関する制度である。国単位で制度や運営のあり方が異なる場合、規制の弱い国が抜け穴となってしまい、国境を超えて活動する犯罪組織やテロ組織によるマネー・ロンダリングの恰好の対象になりかねない。もし、規制が均一でない場合には、組織悪や犯罪組織は確実に規制の弱い所に活動拠点をおき、行動することになり、他国では違法となる行為が特定国では正当な行為となりかねないわけである。これを防止するために、麻薬や組織暴力の排除から始まり、これを利用しうるテロ組織や彼らが実施するマネー・ロンダリングをも含めた国際犯罪を防止する国際的な包囲網は、国連やOECDのイニシアチブにより、段階的、かつ組織的に実現されてきた。このための国際条約の枠組みが構築され、欧州各国もこの枠組みに統一的に包摂されている。特に欧州においては金融取引を中心に過去、マネー・ロンダリングの危険性が指摘されてきたという事実がある。カジノ施行に関しても不特定多数の顧客が巨額な資金を取り扱うという事実より、不正な出所の資金が利用されやすい事から、カジノを擬似金融機関とみなし、統一規制の対象としていることが基本となる。
現状、マネー・ロンダリングに伴う悪や組織悪を防ぐ事に関してはEUのみならず欧州各国を含む形で下記二つの国際条約が存在する。
①1990年欧州議会条約(「1990年11月8日、欧州議会条約141号「マネー・ロンダリング並びに犯罪収益の摘発、押収、没収に係わる欧州議会条約」。これはEU加盟国以外も参加する実質的な汎欧州的な条約となっている。
②1998年国連ウイーン条約(「非合法な密輸、麻薬、精神異常をもたらす物質等に係わる国際連合ウイーン条約」)。欧州諸国はほぼ全てが参加する条約である。
これら欧州諸国の動きは、マネー・ロンダリングに関する国際機関でもあるOECD/FATF(金融作業部会)による1990年、1996年、2003年に策定された様々な勧告・推奨事項にも準拠する内容となっている。
上記動きをも踏まえた上で、EU委員会は統一指令第91/308/CEE号(1991年6月10日、「マネー・ロンダリングの為に財政システムを利用する事を防ぐ為の欧州統一指令」)において、カジノ施行に伴う資金のやり取りをも規制の対象にする形でのEU統一規制を制定し、施行した。 この規定に基き、カジノ業も一種の金融取引を担う主体と同一に扱われ、一定金額の賭金を賭ける顧客の本人確認や疑わしい取引の関連当局に対する通告、またEU内部での統一した情報交換や悪や組織悪摘発等の体制が取られている。更にカジノ施行を担う主体自身の清廉潔癖性を担保するために、カジノの施行を申請する個人・法人に対しては、必要となる資金の出所とその健全性を立証する義務が課されている。この統一指令は2001年に指令第2001/97/EC号で改定され、2005年に更に指令第2005/60/EC号により再改定された。また、2006年にその実施詳細となる指令第2006/70/EC号等により精緻化され、より明確な形で一貫性のある規制内容となっている。
EU加盟国では、これらEU指令に基づき、個別国の国内法においても、マネー・ロンダリング法制が整備されるに至っているが、これら内容はほぼ類似的であり、欧州全域に亘り、統一的な規制がなされていると判断することができる。