欧州では、1990年代以降、賭博行為に関する一国の規制や制度が欧州条約上に規定されているサービス提供の自由に対する違反ではないのかと主張する様々な司法上の提訴(チャレンジ)が生じ、欧州裁判所(ECJ European Court of Justice)において主要な判例が判示され、基本的な考え方が固まりつつある。
下記がその概要である。
①1992年Schindler判例(事案C-275/92号):
ドイツのロッテリー事業者が英国においてロッテリーの広告・チケットの販売をしたところ、英国政府により国内法違反として訴えられたが、逆に法廷で、英国の制度の是非が争われたもの。判例は、ロッテリーは資本・支払いの自由な移動に関する欧州条約規定からは、サービスといえるが、その特異な性格により、差別的でない限り、英国はその他の国からのロッテリー・チケット販売を制限したり、禁止したりできるとした。同時に判例は、かかる制限は公益に対する最優先の配慮に基づくべきこと(即ち、犯罪を防止し、顧客に対する公正さを保持すること、社会的危害をもたらす賭博需要を刺激することを避けること、ロッテリーが商業的利益ではなく慈善、スポーツ、文化等の目的の為に実施されること)から、一定の規制行為は、サービスの自由な提供に対する不当な干渉とはみなされないとした。
②1997年Laara判例(事案C-124/97号):
フィンランドは国営会社にスロット・マシーンの独占運営権を付与していたが、英国事業者の子会社がライセンス無しにスロット・マシーンを輸入・営業したことがフィンランド政府により訴えられ、その是非が争われたもの。サービス提供の自由のみならず、スロット・マシーンの国家による独占的供給が適切か否かも提訴の対象となった。判例は単一公的主体に独占権を付与することの目的が、①賭博行為を抑止的に制限すること、②犯罪と不正のリスクを減らし、公共秩序を保持すること、また③かかる収益が慈善目的などのために用いられること等の場合には、かかる行為は欧州条約のサービスの自由な移動に対する規定違反にはならないとした。この意味では上記Schindlerの判例を踏襲したことになる。
③1998年Zenatti判例(事案C-67/98号):
英国のブック・メーカーのイタリア代理人によるイタリア国内での営業行為が同国の国内法違反にあたるとして係争になったもの。判例は賭博の供給に関する一国による制限措置は、公益に対する関心事という理由で正当化できるとし、これは、賭博に関わる各国の社会的、文化的態度の様々な差異をも反映すべきとしている(社会的に有益な資金の財源とするというだけでは、単なる経済的理由にすぎず、十分な正当化にならない。消費者を不正から守ることは許容できる公益目的となるが、国が課す制限は、達成されるべき目標と釣り合うべきで、必要以上のものであってはならないとした)。
④2003年Lindman判例(事案C-42/02号):
スエーデンのロッテリーで大金を獲得したフィンランド人に対しフィンランド政府が所得課税したことに対し当事者が不公平として提訴し、係争が生じもの。判例は、フィンランドにおけるロッテリーでは無税なのに、スエーデンのロッテリー・チケットを購入し、勝ったという理由で課税するならば、自由なサービスの精神に反するとした。フィンランド政府は反論し、この制限は、依存症・マネー・ロンダリングを防止し、管理するためにも正当化されるとしたが、欧州法廷はZenattiの判例を根拠とし、この制限措置は、本来志向されている目的と釣り合わないとした。
⑤2003年11月 Gambelli判例(事案C-243/01号):
英国ブック・メーカーのイタリアの代理人がイタリア国内において顧客を募り、賭博チケットの販売に参加したことが国内法違反として起訴され、イタリア法廷が欧州法廷に制度の是非を問うたもの。判例は、過去の判例に準拠し、達成されるべき目的が課せられる制限と不釣合いでない限り、公益上の配慮は自由なサービスの提供を制限することを正当化するとした。もっとも欧州裁判所は、当該事象に関する国内法の制限が不釣合いとなるか否かの判断をせず、イタリアの国内法廷に差し戻した。
賭博行為の許諾の在り方は国家による専権と標榜としてきたことが、欧州各国政府の過去の立場でもあった。これら政府に対し、欧州各国において様々な法律上のチャレンジが生まれたのだが、実態は、欧州裁判所、各国の最高裁判所、欧州委員会、各国政府、民間賭博事業者の思惑が交錯し、この後2004 年から現在に至るまで、EU各国において様々な裁判事件や訴訟が頻発することになった。方向性は、一国による裁量的な規制の原則は認めつつも、この方針が規制を必要とする考えと現実との整合性を保持しなければ、規制そのものの意味がないということになる。制度と現実のバランスを取ったのであろう。これら訴訟案件の内、一部はまだ係争途上にあるが、この推移次第では、欧州の賭博制度そのものが変革を迫られることになる可能性は高い。