欧州裁判所は、消費者保護等の一般的な公益目的を達成するために、一国が特定の経済活動を規制する場合には、「整合性、一貫性があり、かつ矛盾がないものでなければならない」旨を常に主張してきた。かかる理由により、EU加盟国は、国内の運営事業者ないしは独占事業者が提供する賭博行為に参加することを自国民に推奨する一方で、自国外の同業の事業者を差別的に制限し、その参入を禁止したりする事はできないことになる。2003年の Gambelli判例は、同様に「公益上の配慮に基づく賭博サービスの規制は非差別的で他の施策とつり合いのあるものでなければならない」とした。これにより、加盟国は賭博行為を規制することがより一層難しくなったといえる。但し、加盟国はこの判例に示された政策を採用することには必ずしも積極的ではなかった。当時まだ様々な係争中の事案も存在したためでもある。
一方、2007年3月、欧州裁判所はPlacanica の事案(事案C-338/04)で、“一国の事業者が外国企業の代理人として賭博の賭け金をこの外国企業のために徴収したことに対し、同国の国内法(イタリア法)で刑事罰を加えることはEU法違反”とした。この事案は、英国のスポーツ・ベッテイング会社とそのイタリアにおける代理人を被告とするもので、イタリア法により要求される警察当局の許可なしに、イタリア国内で組織化された賭け金徴収活動を行ったとして、イタリア当局により、逮捕・起訴されたものである。但し、当該代理人にとり、かかる許可を取得すること自体がそもそも不可能でもあった(申請すれば自由に認めらる体制ではなかった)。イタリア法廷はこの事案を欧州裁判所に照会し、イタリアにおける賭博法制がサービス提供の自由というEU法の原則に合致しているか否かを問うたのだが、欧州裁判所は、”加盟国は、その国の国内法がEU法の原則に違反する場合、当該加盟国が是正のために必要となる行政手続きをしなかったり、そもそも行政手続き自体が不可能である場合には、この行政手続き上の不足点を理由として、国内法違反ということで刑法上の罰則を賦課したりすべきではない”とした。この事案は2006年5月に暫定判決がでて、2007年に最終判決がでたのだが、過剰ともいえる加盟国による自己保全の規制に対する警鐘ともなった。この前後の段階から、EU委員会はオンライン・スポーツ・ベッテイングに焦点を絞り、閉鎖的であった加盟国の制度改定を要求する方向に大きな舵を切ることになる。
既に2004年3月の段階でEU委員会は、デンマークの国内法が外国ブック・メーカーの活動を不当に制限しているとして、欧州条約違反の疑いがあることを通告、同年4月今度はギリシャに対し同国の機械ゲーム設置規制法令が欧州条約に抵触するとして通告した。デンマーク、ギリシャはその後、国内法改定、市場開放の動きに連なる方針転換を表明するに至る。一方、2004年から2006年まで、欧州各国において、欧州裁判所とは異なる国内判例を国内の最高裁判所が判旨する事例が頻発し、EU委員会はこれらに対する対抗措置として、2006年3月に、ドイツ、フィンランド、スエーデン、イタリア、オランダ、ハンガリーに対し、特にスポーツ・ベッテイングを対象に、国内独占企業による積極的なプロモーションを認めながら、国外事業者を規制することは欧州条約違反として(欧州法違反、提訴に至る最初の手順ともなる)限定意見書を通告、同年6月にはフランス、スエーデンに対しても同様の行動をとった。
この結果、2006年から2008年にかけて、イタリア、ドイツ、フランスはいずれも国内法を改定し、スポーツ・ベッテイングの独占を廃止し、一部オンラインによるスポーツ・ベッテイングを認めるという政策転換を迫られることになった。北欧諸国も若干遅れてはいるがその後同様の方向をとった。2009年度時点において、ほぼ欧州全域にて、オンラインによるスポーツ・ベッテイングに関する限り、国毎の独占体制は崩れつつある状況が生まれている。ポイントは欧州裁判所と欧州各国の動きは、オンライン賭博自体の是非を論じ、これを認めるという内容ではなく、一国の公的主体や独占企業体による市場独占に対する是非が問われ、この意味での市場が開放されたものでしかないことにある。かつ分野はスポーツ・ベッテイングのみを対象としており、より大きな市場と想定されるインターネット・カジノの分野は、まだかかる規制緩和や市場開放の対象となっているわけではない。但し、欧州主要国の動きは、明らかに、インターネットによる賭博行為の提供の存在を認知する方向に段階的に向かいつつある。
市場における実際の慣行が制度より先行してしまうという事象がここにも存在する。