欧州裁判所の賭博に関する判例は、その後も引き続き様々な事案が提訴され、判例が蓄積されつつある。一方、2009年以降の動きは、一見矛盾しうる動き、あるいは揺り戻しとも思える判例も生じ、今後EUがどちらの方向に向かうのかは予断を許さない状況にある。欧州内部において大きな議論を巻き起こした留意すべき判例には下記等がある。
① 2009年Liga-Bwin判例(事案C-42/07号):
ポルトガルでは、リスボンをベースにした慈善団体(Santa Casa)に、インターネットを含むスポーツ・ベッテイングの独占権が制度的に付与されている。ところが、ポルトガル・サッカー協会(Liga, Portuguese Football League)と国外のインターネット・ゲーム事業者であるBwin Intractive Entertainment AG(Bwin)が、後者がスポンサーになり、外国からインターネットを用いスポーツ・ベッテイングを提供したことが、当局により摘発され、罰金刑を受けた。これに対し、この刑罰は欧州法違反として2007年にBwinがポルトガル政府を提訴した事案になる。オンライン・ギャンブルの一定国における独占行為が、EU法上有効か否かをテストする最初の欧州裁判所の判決となったが、2009年、欧州裁判所は、不正防止や犯罪抑止を目的とする限り、一国による賭博行為への規制は、法的には正当とみなし、Bewinの提訴を却下した。判例は「ポルトガルの規制は、差別的ではなく、かつその目的を達成するに必要なこと以外の規制をしない限り、一定の政策目的を達成するためには正当化される」とした。これにより、(状況次第では)一国が賭博行為に独占権を付与することの正当性が再確認されたことになる。また、欧州裁判所は、「Bewinが例え他の加盟国で同じサービスを提供することが認められ、かつネットを通じて同サービスを他国に提供する場合、対象となる当該国に一定の管理と規制があったとしても、当該国としてはその運営事業者の質と清廉潔癖性を評価できず、国民がいかさま、犯罪から完璧に守られるという確信を与えるものではない」とした。よって、「欧州条約第49条の規定は、加盟国が他国で合法的に類似的なサービスを提供するBewinのような事業者がインターネットを通じ、かかるサービスを他の加盟国に提供することを禁止する規制を排除するものではない」ということになる。ネットを通じた他国からの賭博サービスの提供を加盟国が禁止することは適法としたわけで、ネット賭博を域内で認めるという動きには反する判例となった。
② 2009年Engelmann判例(事案C-64/08号):
オーストリアでは、各地方政府に1ヶ所、合計12ヶ所のカジノ施設の設置が制度的に認められており、現状は1991年12月18日の行政令に基づき、これら全てにつき、Casinos Austria AG 1社に対し、15年の独占的なライセンスが付与されている。ドイツ人であるEnglemannは2005年から2006年にかけてオーストリア国内にて許可なしに、独自にカジノを開帳し、2007年賭博法違反で、罰金刑となった。そこで、同国における賭博法上のライセンスを取得できる主体の要件が、上場会社のみ、かつオーストリア企業のみであり、現実には一社が独占している状態は、そもそも欧州条約違反として、欧州裁判所に提訴したものである。欧州裁判所は、「他の加盟国企業を一律に排除することは、犯罪を抑止する以上の行為でもあり不適切とし、欧州条約第43条は、加盟国が、ゲーミング・カジノを自国内にある企業のみに限定する規定を認めるものではないと解釈されるべき」とした。また、Casinos Austria AGに対するコンション付与は入札手続きもなく、不透明とし、欧州条約第43条及び第49条の国籍による差別の禁止と平等原則に違反するとしている。国内法違反事業者摘発の問題が、なんと自国の事業者のカジノ独占はそもそも欧州条約違反という論理に展開してしまったことになる(この結果、オーストリア政府は、2010年6月の制度改定により、オーストリア企業要件をはずし、欧州域内の他国の企業も参入が可能となり、2011年に既存のカジノ・ライセンス更新に伴うライセンス申請公募がオーストリア大蔵省より公表された。もっとも、競争上公平にはなったが、総施設数を限定している以上、既存の事業者が当然有利となり、結果的にはその地位の追認を受けたにすぎず、現状が変わったわけではない)。
③ 2010年De Lotto-Ladbroke(事案C-258/08号)及びBetfair-オランダ政府(事案C-203/08号):
前者はオランダにおいて賭博行為を独占提供する非営利組織であるDe Lottoが、同国においてライセンスを取得していない英国事業者(Ladbroke)によるオンライン賭博提供を差し止めることをオランダ法廷に訴えた事案である。下級審はDe Lottoを支持、オランダ最高裁に上訴され、2008年にオランダ最高裁が欧州裁判所にオランダ法のEU法上の適法性につきルーリングを要求したもの。後者は外国オンライン事業者であるBetfairがオランダ当局にライセンス申請したところ、独占二社以外には付与しないとしたため、オランダ法廷に提訴、最終的に欧州裁判所のガイダンスを求めた事案である。いずれも2010年6月に欧州裁判所は結論を出したが、前者に関しては、オランダ下級審判断を支持し、「消費者保護、不正防止、過剰な賭博抑制という目的に照らし、かかる国内規制は正当化される」とし、後者の判決に関しても同じ理由を挙げ、かつ「一国が競争無しに独占権を付与するということは、オランダ国内法が志向する目的に照らしても、整合性が無いとは判断できない」とした。
いずれも議論の焦点は、一国において賭博行為を規制し、独占主体に例外的にこれを認めることの正当性とその是非にあった。但し、何が適切な判断基準となるのかに関しては、これら判決にも拘わらず、EUは未だその立ち位置を明確にしているわけではない。