事業としてのカジノは、当該施設が設置される地域社会において如何に位置づけられているか次第で、その運営の在り方が大きく変わってしまうことがある。欧州におけるゲーミング・カジノは、観光地や温泉地等、地域特性に順応した中小規模施設として発展してきた歴史的背景から、顧客を取り込むために、伝統的に市民社会の中に根付き、地域社会における住民をも主要な顧客層として取り入れてきたのが過去の経緯となる。第二次世界大戦後の世界にあっても、欧州における社民党政権や中道左派政権は必ずしも賭博行為に対しては積極的な施策を取らなかった。庶民の中にも、賭博行為が社会にもたらしうる潜在的な危害や、否定的な影響度に対する不安も根強いものがあったことが伺える。歴史的に欧州各国では、賭博行為に対する社会的受容度は高いのだが、一般庶民レベルでは必ずしもそうではない部分もあったということなのであろう。
かかる事情により、ゲーミング・カジノ施設の経営や運営に際しては、社会的な信頼、支持と理解を得るために、地域社会と如何に共生し、地域住民の信頼と信任を如何にして取得するかの考え方が他の国以上に強調され、発展してきたのが欧州各国の特長ともなっている。制度や規制が段階的に整備されると共に、地域社会との共生の在り方もその考えが制度化されたり、産業としての成熟化・発展に伴い、様々な工夫が実践されたりするに至っている。
例えばこれら工夫の中には、下記事例等を見ることができる。
① 立地・地点選定に際しての地域社会の合意形成要件:
集客施設としてのカジノ賭博施設は、立地点における地域社会に様々な影響を与える。経済的効果のみではなく、負の影響もありうるため、新たな施設の設置に際しては、国による同意、許諾の前提として、予め地方政府や地域住民の同意を取得することを義務づける(スイス、フランス等)等の考え方になる。国に対する事業者の適格性申請の前提条件とする場合もあれば、まず国の適格性認証が先行して付与され、その後地域社会の同意を取得する場合は、取得できなければ施行自体が実現できなくなるとする場合もある(英国)。
② カジノ施設の地域貢献の在り方に関する地域社会との契約的取り決め:
フランスでは、施行を欲する民間主体は地域にあるコミューン(基礎的自治体)との間で、一種の社会貢献義務をどう果たすか等を含めた設置に係る諸条件を合意し、コミューンとの契約後、初めて国に対し、許諾申請をすることができる。現実に生じる手順は、カジノをホストするコミューンが入札により、事業者を選定し、当該事業者との間で地域貢献義務を交渉により取り決める。例えば、教育、弱者、老齢者に対する年度支援金拠出やイベントの定期的主催、一定の地域政策に対する資金拠出等、直接的・間接的財政負担になり、場合によっては、付帯公共施設整備、周辺インフラ整備等への貢献、あるいは一流レストランの併設等も要求されることがある。
③ 制度によりカジノ施設の社会的あり方を規定する考え:
やはりフランスだが、カジノとは、賭博、イベント・ショー、食事提供がなされるべき施設という法律上の定義があり、カジノ運営事業者自らが下請けに委ねること無く、イベント・ショー等を企画、実践し、レストラン等を経営する義務(必置施設)がある。カジノを単に賭博施設にせず、地域に密着させた遊興施設として制度上位置づけるという考えでもあろう。
④ カジノ施設による任意の地域貢献、地域社会との共生の模索:
スイスでは、地域社会への対応策として、カジノ施設自らが地域イベントや地域住民の支援、地域芸術家の育成支援や、学生イベント支援、地域社会イベントのスポンサー等を担い、極めて細かく、地域社会に密着した、地域貢献策を独自に提案し、実践し、社会に根付く努力をしている。地域社会に受け入れられることがカジノ施設の存続にとり極めて重要となるという認識があるからである。
⑤ 賭博依存症患者対応策対応義務(制度並びに自主貢献):
カジノ賭博施設の存在が、地域住民等に賭博依存症等社会的に危害をもたらすことを未然に防止するあらゆる配慮をするとともに、かかる対象者をカジノ施設から排除し、カウンセリングや治療体制を組むこと、医療関連施設や研究機関との連携を図り、社会的なセフテイー・ネットを構築し、否定的影響を最小にする試みが実践されている。制度によりこれを強制し、かつ一部税収をこの財源に充てる考えの場合もあれば、予め事業者の義務として、事業者費用負担によりこれを実践させる、あるいは、事業者による任意の社会的貢献として、これを実践させる等の様々な考え方がある。
上述中、①や⑤は、米国においても企業の自発的行動によりなされてはいるが、②、③、④、⑤を制度の中に明確に位置づけるという考え方は欧州独自の斬新的な考え方になる。それだけ施行を担う民間事業者にとっての負担は大きくなる。