スイスでは現代社会における賭博法制は、全く異なる二つの法律により分野毎にバラバラに規制されている。一つは1923年制定の「ロッテリー及びベッテイング法」(LLP)で、ロッテリー、スポーツ・ベッテイング、競馬を規制の対象とする。もうひとつは1998年に制定された「連邦賭博及び賭博施設法」(LMJ)であり、これは(形式的には)カジノを含むあらゆる賭博種を規制する法律になる。ややこしいのは、前者はほぼ一世紀前の特別措置法(Lex spécialis)で州(Canton)政府に権限が付与され、州単位での規制を基本とする。一方、後者は一般法(Lex généralis)で連邦レベルでの規制になる。前者は特定の分野を州毎に規制するが、後者は国全体を規制する。収益も前者は州レベルでのスポーツ・文化芸術振興等に充当されるが、後者は国の年金会計に全額充当する等お互いに大きくその性格が異なる。一方、こと賭博行為一般に関する規制は一般法たる後者が上位に立ち、この法律を所管する連邦ゲーミング委員会が、国の機関としての賭博の在り方に関する判断権限を持つという仕組みになるとされてきた。1920年代の法律と1990年代の法律が奇妙に共生しているというのがスイスの現実になるが、1920年代の法律の枠組みでは現代社会にフィットするわけが無く、「ロッテリー及びベッテイング法」(LLP)に関しては、様々な改革の試みが議論され、実践されてきたのが現実である。
1923年「連邦ロッテリー及びベッテイング法(LLP)」は連邦を構成する各州(Canton)が個別に規制権限を保持し運営の監視・モニターも個別に担うという仕組みでもあった。但し、バラバラの規制では、全く非合理な仕組みになるために、2005 年に至り、州際間の合意が設立し、同年以降は、これら州政府の委任を得てスイス・ロッテリー・ベッテイング委員会(La Commission des Loteries et Paris ~Comlot~)が26の全ての州の規制・監視監督を統一的に担っている。実際のロッテリーの運営は関連する州政府が1937年に共同して設立した州際間公益法人が担っており、フランス語圏6州の業務を担うLotteri Romande(LoRo)とドイツ語圏20州の業務を担うSwisslosの二つが存在する。またその収益は州レベルでのスポーツや芸術文化振興のための重要な財源となってきたというのが現実になる
面白いことにこの制度的な改革の中ででてきた最大の議論が、二つの法律の所掌範囲と住み分けという議論になる。一般法である「連邦賭博及び賭博施設法」第1条は、同法の対象となる賭博行為を僥倖(Chance)のゲームと位置づけ、僥倖を基本とするあらゆる賭博行為は同法の規制対象になり、カジノ施設内でのみしか認められないことが現行スイス法の基本になる。よって、この解釈からすれば、電子式ゲーム機械等は本来カジノ施設に設置する以外はありえない。一方、現実の混乱は、ロッテリーを運営する公益法人がいわゆる米国流のVLTと同じロッテリー端末機器を設置し始め、法律上の根拠が曖昧なまま、スロット・マシーンと類似的なゲーム機械をロッテリー法の枠組みで認めてしまったことにある。果たしてこれは「連邦賭博及び賭博施設法」(LMJ)の規制対象なのか、「ロッテリー及びベッテイング法」(LLP)の規制対象となるのかという疑問が法廷訴訟にまで至ってしまったのがスイスの現状である。
では、具体的に何が争点になったのか。問題は、①この電子式ゲーム機械は連邦による規制の対象かあるいは州政府による規制の対象か否か(1923年法の規制対象か、1998年法の規制対象となるかという議論になる)、②これら機械の設置はロッテリーを律する法律の施設内で認められるのか、あるいはカジノ施設か、はたまた両方か、③その収益は連邦規定により配分されるべきか、州政府の枠組みで配分されるのか等という課題になる。上記がスイスにおいては、何と6年間に亘る法廷訴訟を引き起こしてしまった。発端は、2004年6月17日に連邦ゲーミング委員会が、上記機械は、1998年「連邦賭博及び賭博施設法」(LMJ)による規制の対象となるべきこと、この機械を設置できる主体は、カジノ施設であって、ロッテリー運営主体ではないこと、現に市場に存在する機械はそのまま運営できるが、以後同委員会の許可が無い限り、新たな機械の設置は不可とする仮行政命令を下し、同時にこの是非を判断するための行政訴訟手続きを取ったことにある。この結果、ロッテリー運営者であるLoRoは、「連邦賭博・賭博施設法」に基づき第三者より構成される「カジノ関連諸問題上訴委員会」に委員会決定の取り消しを求めた。2006年12月21日上記第三者上訴委員会の結論は、「対象となる機械は、伝統的なロッテリーと共通する属性は何ら無く、カジノに見られる賭博機械と極めて類似的とし、1923年の法制定当時は、スロット・マシーンの技術的展開を予想できなかったにすぎない」とした。これを受け、連邦ゲーミング委員会は機械の設置判断可否権限は同委員会にあるとし、6ヶ月の猶予期間内に全ての機械の撤去を命令してしまった。2007年初頭には、2つのロッテリー運営者たるLoRo、Swislosと26の州政府は、連邦行政裁判所第II法廷にこの事案を上訴した。延々と続く議論の結果、2010年1月29日に至り連邦行政裁判所は、連邦ゲーミング委員会による機械設置禁止を無効とし、これををロッテリーの一部と見なすとする逆転判決を下した。2010年3月に連邦ゲーミング委員会は直ちにこの判決を不服として上訴したのだが、2011年1月18日、連邦行政裁判所はこれを排除し、この問題は終結することになった。2011年2月2日に至り、連邦ゲーミング委員会はようやくこの事実を認める告示を正式に出している。
事の是非はともかく、論理的な一貫性よりも、現実を強制的に変えるということは難しく、これを容認するという妥協であろう。上記はスイスにおいても制度と現実の矛盾が温存されたことを意味している。