ベルギーでは機械や器具等を用いた賭け事としてのゲームは、特段制度がないままに地域社会における歴史的慣行として根付き、州政府レベルでの慣例法を根拠として認められてきた。一方、国の制度としては禁止されていたというのが1990年までの実態になる。制度としては禁止だが、現実には存在するという奇妙な状況が続いていた。事実19世紀以降、ベルギーには8ヶ所の「カジノ施設」が存在し、各地域毎に、各々の地方政府による自主的な管理・監視・規制のもとにこれらが存在していた。よって、国としての制度は極めて曖昧な状態が、つい最近まで継続していたことになる。
1997年に、さすがにこの状態を是正しようとする動きが政府・議会で生じた。この結果、1999年5月7日に「チャンスのゲーム、ゲーム関連施設及び消費者保護のための法律」(Loi sur les jeux de hazard et les établissements de jeux de hazard et la protection des joueurs du 7 mai 1999) が議会により可決、制定され、国の制度と現実の矛盾が解消され、制度上の整合性が実現した。もっともこの法律ではカジノは9ヶ所のみを限定的に認める内容なのだが、内8ヶ所は現実に存在していたわけで、所詮、現実を追認する後追いの制度でしかない。残る1ヶ所をどうするかが本来の法律の狙いとも判断されていたが、地点は首都ブラッセルとされた。最も大きな需要があり、その設置効果が大きいと判断されたためで、首都区域のどこに設置するかは、地域の申請を国が評価・選定する形で、追加的なカジノ1ヶ所を選定することになったという経緯がある。この最後のカジノは2006年にブラッセル市内に開場した。尚、ベルギーには上記の9ヶ所のカジノと同様に、パチンコ・パーラー的なゲーミング機械のみを設置した遊興施設(ゲーミング・アーケードと呼称している)、あるいはバー・レストラン等に若干数の賭博機械を設置するという現実も存在し、制度と現実が曖昧なままに放置されていたが、この現実を認知し、全体を規制の網の中に入れ、総量規制を実施するという施策によりこれら違法状態を解決する施策をとったことがベルギーの特徴となる。
ベルギーのカジノ制度は下記特色を保持している。
ⅰ. 法律上は極めて曖昧なまま現実を放置(実際には「寛容」政策として、違法行為でありながら、事実として認知してきた施策)してきたものを是正し、カジノや賭博ゲーム自体を認知し、制度として「チャンスのゲーム施設」として位置づけ、法規制の対象としたものである。比較的最近であること、現実を踏まえた上で新たな規制システムを構築したという意味では、極めて興味深い事例となっている。その後段階的に制度が拡充され、認められる賭博種の種類や規制の内容も精緻化されつつあり、抑制的なスタンスをとりつつも賭博行為を認めるという点ではより、リベラルな方針に転換しつつあるといえる。
ⅱ. 規制の在り方は賭博種や規制対象を類型分けし、類型毎に規則を設けるという考え方を取っている。クラスI(ライセンスA類型)がカジノで9ヶ所のみとし、総数を規制する。一方、賭博機械のみを設置する施設をクラスII,III(ライセンスB,C類型)とし、人口分布率に基づき一定地域における総設置機械台数を管理する面白い施策をとっている。一方ライセンスD類型は従事する職員のライセンスとなり、ライセンスE類型は機械・器具等の供給事業者のライセンスで、ライセンスF類型は固定オッズブッキングのライセンス、ライセンスG類型はメデイアで放映される賭博種ライセンスになる。尚、上記枠組みは2010年1月10日に再度改正され、インターネット賭博やインターネット・ポーカーも、クラスI類型のライセンスとして認められるに至っている。
ⅲ. 規制は法務省が主導し、所管する。国の機関となる「ゲーミング委員会」(Commission de Jeu de Hasard, Gaming Commission)が設置されているが、一種の政府内部の政策的調整機関でもあり、その構成員は関連各省の代表となり、行政府より独立した機関として設置されているわけではない。法務省が事務局を勤め、全ての規制権限をこの委員会に集約している。尚、カジノに関しては、規制の在り方は現実を踏まえたものになった。国の役割は規則を制定し、規制することのみで、実際のカジノの施行の許諾は地方の基礎的自治体(コミューン)に委ねられ、これら地域の行政主体がコンセッションを民間事業者に付与し、一定の枠組みの中で制限的にカジノ許諾を認めるという考えが制度の基本となっている。またカジノを単純遊興施設とせず、付帯アメニテイーを備え、複合的なエンターテイメントをも提供する施設と制度上定義しているのは、現実を踏まえると共に、フランスの影響を受けているものと想定される。
ⅳ. 現存する9つの既存のカジノ施設は規模としては左程大きなものとはいえない。これら施設の2011年時点での総粗収益は€1.19億ユーロになる。この内、売上も施設規模も首都ブラッセルの施設が群を抜いて大きい。ブラッセル以外は殆どが国内近隣地域顧客に依存する地域依存型カジノ施設となり、国際的な来訪観光客を期待した施設ではない。