オセアニアにおけるゲーミング法制度や賭博法制においてユニークとなる共通な考え方に社会的危害縮小化施策がある。賭博行為は放置した場合、賭博依存症患者等を地域社会に増やす傾向にあり、家族、職場、あるいは地域社会全般に対し、社会的危害を与えうるという前提に立ち、これをできる限り縮小化する施策を「社会的危害縮小化施策」(Social Harm Minimization Measure)という。賭博行為を認める大きな目的は、税収増、雇用増、経済活性化等のプラスの側面を如何に社会が享受するかでもある。一方、かかる賭博行為を認めることは、社会的に、否定的な側面が必然的に生まれてしまうリスクが高まる。特に個人の精神的な問題としての賭博依存症が社会にもたらしうる様々な問題に対する懸念である。この事実を認め、かかる社会の関心事に対し、政府が積極的に対応することを前提に、制度として必要な枠組み、財源、対応措置を規定する考えが社会的危害縮小化施策である。地域社会との共生を第一義に、より積極的に政府が問題を捉え、制度的な対応を図るという考えは、現代社会ではようやく米国、欧州でも一般的な慣行となりつつある。一方、制度的な対応としては、米国外のオーストラリア、ニュージーランド、カナダ等が先行しているのが実態である。
オーストラリアでは、この問題は、連邦政府が国全体としての大枠の方向性を示し、各州政府がこれに呼応して具体の制度化を図ったという経緯がある。
ではオセアニア諸国においては、如何なる特徴があるのか。下記等をあげることができる。
1.明確な制度的位置づけ:
賭博行為は、社会的に危害をもたらすリスクがあること、これを積極的に認知し、そのリスクを軽減化する様々な施策やプログラムを実践することなどを各州の制度の中に明確に位置づけている。かかる姿勢は必ずしも全ての国で行われているわけではない。現実を直視し、市民社会における賭博行為の正当な位置づけを図ると共に、市民の信頼を得るために政策の位置づけを明確にすることは、新しい先進国の趨勢でもある。新しくカジノ法制を設ける国は、同様の姿勢を予め政策的スタンスとして打ち出しており、オセアニア諸国の事例を踏襲しつつある。
2.問題の対処に携わる所管省庁の指定と政府の積極的関与:
賭博行為がもたらす社会的病理の問題や賭博依存症患者対応については、賭博行為の主務官庁、あるいは規制当局とは別に、政府内部に主務官庁を設けたり、国ないしは州の機関として独立的な財団を設けたりして、より専門的な対応や措置がとられることが通例となっている(オーストラリアの各州、ニュージーランドの場合は、州・厚生省がこれを担うことが多い。住民の良好なる健康・福祉を担保するという趣旨であろう。一方ビクトリア州は、政府出資の独立的な財団法人を設け、具体の施策の遂行をここに委ねている)。かつ、その活動財源は、カジノ関連税収や直接民間運営事業者から徴収する等の手法を制度的に措置することが通例となっている。
3.諸施策の制度化と必要財源の制度的な手当て:
地域住民や国民が賭博行為の否定的な影響を被らない様に、想定される事象の深刻度に応じて、様々な対応プログラムが制度的に制定されると共に、主務官庁によりこれが様々な具体の政策プログラムとして実践されることになる。そのための財源手当てが予め為されているか、あるいはカジノの制度的枠組みの中からかかる資金拠出の枠組みが考慮される仕組みが制定されている。ニュージーランドでは、かかる政策費用は、全ての賭博行為の収益に、社会的リスクの顕在化リスクが高い分野により多く賦課する形で、一定の財源拠出の枠組みを設けている。
4.経済的メリットの享受と社会的危害縮小化の政策上のバランス:
社会的危害縮小化施策は、その考え方や運用の在りかた次第では、賭博行為を抑制する効果をもたらすことになる。この場合、当然事業者の売上・利益は減少すると共に、為政者にとっての税収も減ることになってしまう。バランスを保持しながら、この相反する考え方を両立させることは、必ずしも単純ではない。どちらか極端の考え方を取ることは簡単だが、これでは問題は解決できない。利害関係者の利害を調整しながら、バランスのある施策を取ることがオセアニアでは実践されている。必ずしも全ての国で同様なことができるとは限らないが、政策の新しい趨勢であることは間違いない。