オーストラリアにおける賭博依存症問題は特にポッキーと呼ばれる市場に大量に出回っているカジノ施設外に存在するスロットマシーン・ビデオマシーン(電子式ゲーム機械 Electronic Gaming Machine)がその原因ともなっている。安易な形で、庶民にとりアクセスが良い形で、かかる賭博機械が市内に多数存在する場合、どうしてもこれにはまってしまい、これが家族や職場、社会における大きな問題として認識されるようになってきたのが実態である。2008年連邦政府は政策シンクタンクである「生産性委員会」(Productivity Commission)に1999年報告のフォローアップを要請、18ヶ月の調査の後に、報告書が政府に提示されたが、電子式ゲーム機械が引き起こす賭博依存症問題とその危害に対する措置の重要性がハイライトされた。同報告書によるとオーストラリアには現状でも8万~16万人の賭博依存症患者が存在し、軽微だが依存症リスクのある潜在的個人は23~38万人に達するといわれている。この報告書を受けて連邦政府は、各州に呼びかけ、州政府間協議体であるオーストラリア各州協議会の下に「賭博制度改革特別協議会」(Select Council on Gambling Reform)を設け、政策調整の議論を開始した。この結果、国として依存症賭博問題の危害を縮小化するために、強制的なプリコミットメント・システムを国中の電子式機械ゲームに設置するアプローチを推進することが合意され、2012年1月に各州合意のもとに、連邦政府としての包括的な依存症問題改善計画が公表された。このプリコミットメント・システムとは、顧客の任意の判断により、一日の賭け金上限額をまず設定し、その枠組みの中でのみ遊べる仕組みを機械に設置する考えになる。オーストラリアで考慮されているのは強制的プリコミットメント・システムとでもいうべきもので、個人の本人確認をカードで行い、まず遊びに使う上限金額をプリコミットメントとしてインプットしない限り、機械自体が使えないという仕組みになる。機械による遊びを上限金額のプリコミットメントにリンクさせることがより強い抑止効果を与えるという考え方になる。
これは下記考え方から構成されている。
① 2013年以降国内で製造されるかあるいは輸入される機械は全てプリコミットメントが可能な機種であること。
② 2016年迄に、国内で使用される全ての電子式ゲーム機械は、プリコミットメント・システム並びに電子式警告デイスプレーが必置されること。
③ 2013年2月1日より、カジノ施設外のゲーム施設においては銀行ATM引き出し上限を$250に設定すること。
④ あくまでもEvidenceベースの施策とすべく、2013年1月から12ヶ月の間、首都領土州(ACT州)政府、同州のクラブ団体であるClubsACTの協力を得て、首都領土州内で実証事件を行い、連邦政府が監視委員会を設けるとともに、2014年第三者機関となる生産性委員会(Productivity Commission)にその結果を検証させ、2015年には連邦法としての最低の枠組みをとりきめ、2016年から施行するという考えになる。
⑤ 同時にオンライン並びにスポーツ・ベッテイングがもたらす危害も指摘され、スポーツが行われている段階で賭けをとるライブ・オッヅを禁止し、オンライン・ベッテイングにもプリコミットメント制度を採用すること、与信を与えるスポーツ・ブッキング会社を排除し、広告なども規制の対象とし、これらをより効果的に実施するためにオーストラリア・通信・メデイア機構(ACMA)の権限を強化することなども導入される予定である。
オーストラリアは連邦制の国家で、州政府単位での賭博規制が基本となっていたのだが、国中に展開した電子式ゲーム機械がもたらす社会的危害が無視できないレベルにまで肥大化し、かつこれが政治的課題になってしまったということなのであろう。州単位レベルでは州全体の総量規制や設置数規制等が設けられており、一定の抑止効果はあるのではないかとも判断されるが、連邦レベルで統一的な技術標準により、一定の規制をかけるとする考え方は、他国にはない極めて斬新的な政策アプローチになることは間違いない。但し、考えとして実効性のある議論なのか否か、実証試験次第では、今後如何なる展開になるかはまだ明確には見えない側面もある。
2012年2月に連邦政府は上記を制度化するために「2012年(連邦)賭博改革法案」を公表、同法案は、冬の議会に上程され、法律193号として同年末に成立した。この結果、①2018年12月31日より、全てのゲーム機械は州レベルでのプリコミットメント・システムと電子警告デイスプレーの設置義務、②2014年12月31日よりオーストラリアで製造されるか、輸入されるゲーム機械は全てプリコミットメント・システムに対応する義務、③2014年2月1日より、カジノ外のゲーム施設においてはATMからの引出上限をA$250賭する義務が規定された。尚、連邦政府内部にこの法を所管する新たな規制組織を設置し、連邦大臣級のポストを設置することになっているが、連邦と州は「協力」する関係が基本となり、連邦政府の権限と機能が州政府との関係でどうなるかは現段階では必ずしも明確となっていない。制度の基本はあくまでも州政府で、この原則は変えようもないが、これにオーバーラップする形で連邦規制が一部分野に関してのみ入るという仕組みはあまり前例もなく、かなり複雑な実務になるのではないかとも想定されている。