シンガポールでは、制度設計に際し、カジノの施行が社会的な危害をもたらしうる側面をできる限り回避し、その影響度を縮小化する様々な施策を導入することが、予め立法政策として検討された。過度に射幸心を煽る可能性のあるカジノ導入はシンガポール国内でも様々な議論があった所でもあり、国民の納得、了解を得る一つの手法として、社会的危害を縮小するための施策が様々な形で制度の中に導入されたのが現実である。立法過程において、様々な反対論を抑えるためにもかかる配慮が必要であったと考えられるが、かかる考え方を予め制度の中に取り込むことは、現代社会における賭博法制度の一つの趨勢でもある。
同国では、これは下記の如き様々な政策の組み合わせから構成されている。
① 需要抑止策(入場規制):
外国人旅客、高額賭け金VIP顧客を除きシンガポール国民に対しては、カジノ入場に際し、相対的に高い入場課徴金(入場料)を課し、一種の需要抑制策を制度的にとった。この結果シンガポール人は、日毎の入場料か、年会費を支払うことが入場の前提となる。禁止ではなく、あくまでも一定の課徴金を取る仕組みだが、一般論としては、これは顧客に対する差別的な規制を意味し、需要を抑制する効果がある。最も現実の二つのカジノの盛況ぶりを見ると、入場料による需要抑制効果は限定されるとみるべきか。
② 入場禁止規制(欠格者規定):
未成年賭博は当然のことながら禁止されており、未成年者は欠格者として、カジノ場に立ち入りすることはできない。また、賭博行為を担うことが利害相反をもたらす利害関係者(関係する公務員、カジノ場の従業員)などは賭博行為をすること自体が禁止される。
③ (当局による)顧客排除命令:
規制機関となるカジノ規制機構(法第121条)ないしは警察当局(法第122条)は、不適切とみられる任意の個人を指名し、排除命令を発し、カジノ施設からの要請排除を命令することができる。
④ (自己排除プログラム・家族プログラムに基づく)顧客排除:
自己排除プログラム(法第120条)とは賭博依存症の症状を呈すると自覚する本人による任意の申請により、当該本人がカジノ場に入ろうとした場合、強制排除されることに同意する内容になる。登録し、認定を受けた場合、当該顧客がカジノ場に立ち入ろうとすれば、排除される(シンガポール人はIDを提示し、入場料を払い、入場カードでチェックされるため、100%効果的に排除できる)。家族排除プログラム(法第157~第170条)とは、(本人の同意あるなしに拘らず)家族による排除申請がなされる場合を認めていることになり、本人を招請し、第三者専門家から構成される賭博依存症国家評議会(NCPG)が審査の上、強制排除命令を決定する。いずれも国の機関と両事業者が連携/協働しながら、社会にとり、リスクのある主体を一切カジノには関与させないという仕組みである。
⑤ 行動規制・環境規制:
カジノ施設に係わる様々な行動規制を設けることにより、顧客の行動に一定の影響を与えることは不可能ではない。例えば、シンガポール住民、一般顧客に対しては、カジノ・ハウスが信用貸しをすること(クレジットを与えること)は禁止されている。またカジノ場にATM機械施設を設置することも禁止されている。安易な形で、現金を借りたり、引き出したりすることが出来ない仕組みを前提とすることになる(信用貸しはVIPやジャンケット対応顧客等は例外となる)。一方、射幸心を煽りかねない過激な国内・広告・プロモーション行為も禁止されると共に、カジノ場内において、ゲームのルールや確率値等顧客に対する適切な情報開示を徹底する義務や顧客が自発的に損失上限値を設定できるシステムを考慮することなども事業者の義務として制度化されている。
⑥ 賭博依存症患者に対する包括的施策
賭博依存症患者に対する施策は、カジノ施設が実現する前の段階から、地域開発青年スポーツ省 (MCYS)傘下に 「賭博依存症国家評議会」(NCPG)と称する国の機関を設け、調査研究から、カウンセリング、治療に至るまで官民協働により、様々な施策が講じられている(同評議会の活動原資は、カジノができる前は一般会計から、カジノができて以降は入場料収入の一部が充当されている)。