統計調査によると、シンガポールの18 才以上の成人の50%は年に最低1回何等かの賭博行為に参加としており、この内、成人人口の約1.2%~2.1%程度が病的な賭博依存症の可能性がある兆候を表しているとの報告(地域開発青年スポーツ省)がある。シンガポールでは、カジノができる前から、ロッテリー(Singapore Poolsが提供)、競馬(Singapore Turf Clubが提供)、私的な社交倶楽部等では賭博行為が認められており、これらに伴う様々な社会的危害は既に一部社会に存在していたことも事実である。ゲーミング・カジノを新たに制度として認めるに際し、増大することが懸念される賭博依存症患者に対する政策的対応が大きな政治的・社会的課題になった。
これに対しては下記対応策が政策的にとられた。
2005年政府によるカジノ導入決定と共に、地域開発青年スポーツ省(MCYS)傘下に独立した政府に対する諮問・調査研究・具体の処理対応機関として、「賭博依存症国家評議会」(National Council for Problem Gambling NCPG)が創設された。所轄大臣により任命される精神学、心理学、社会サービス、カウンセリング、法務、医療、宗教等の専門分野20名の委員で構成されている。委員の任期は2年。業務としては政府に対し、賭博依存症を認知させる教育プログラムに関するアドバイスや情報フィードバックの提供、予防・治療プログラム等財政支援の決定、賭博依存症に関する調査研究の実施、カウンセリング・治療の効果に対する政府へのアドバイス、本人・家族の申請による自己排除プログラム・家族排除プログラムに関し、査定評価委員会を構成し、これら申請の査定、排除命令、その変更、撤回などを担うことなどになる。内、自己排除プログラムにおける役割はカジノ管理法に明確な規定が設けられ、排除命令の判断は(民間事業者による判断ではなく)この評議会に委ねられている。当初は活動に関する財源は国の一般財源から拠出し、あくまでも、カジノ実現に伴う措置として平行的に、かつカジノができる前にかかる組織的活動を開始させたことが斬新的な試みとなった。賭博依存症患者に関する社会的セフテイー・ネットを予め設けることにより、時間をかけて問題の在り方を検討し、社会的危害を段階的に縮減していこうとする動きになる。尚、実際の賭博依存症患者の治療等に関しては、民間の慈善団体である「タンジョン・パガール家族センター」(Tanjong Pagar Family Service Center)がこれを担い、より重症の患者に対しての治療は国の機関としての「国家依存症管理サービス機構」(National Addictions Management Services)が対応するという役割分担が存在している。
賭博行為は適切に遊ぶ分には多くの場合、何らの問題を引き起こすこともないが、状況や環境次第では、賭博行為に溺れてしまう社会的弱者がどうしてもでてくることより、様々な抑止手段と共に、教育や情報の普及、またカウンセリングや治療の体制等をとり社会的なセフテイー・ネットを構築することが現代社会における通例ともなっている。シンガポールの場合には、国が主導し、予め対応策を制度的に措置した点が特徴的な事象となった。
尚、2009年12月、カジノの運営が開始される前の時点で、上記賭博依存症国家評議会(NCPG)は、シンガポール国民28,000人に対し、カジノ入場を禁止する通告を送付した。過半は自己破産人や公的な生活保護の受給者になり、予め国民の一定層のカジノへの参加を、有無を言わさず、自動的に禁止したことになる。因みにこれら対象者がカジノに入場したことが露見した場合には、カジノ事業者に対し高額の罰金が課せられることになる(もっとも入場料徴収の際、IDをチェックするため、まず物理的に入ることは難しくなる。もしIDを偽造した場合には公文書偽造という別の犯罪行為となる)。カジノで遊べることは国民にとり、「権利」ではなく、一定の条件の場合は国が強制的に排除できるという考え方なのであろう。
自己排除プログラムは、2010年以降、在シンガポールの外国人にも提供され、2011年6月末までの時点で12,000人の外国人が登録している(全数は18,049人でうち、70%が外国人、シンガポール人は5,389人となる)。家族プログラムは2011年6月末までの時点で613件、当局による第三者排除は28,516人となる。審査手順と必要時間の簡素化(6週間から2週間)も2010年より実施され、排除プログラムの実効性をより高めるために、NCPGの制度上の権限をより強化し、手続きをより効率的にする法律改正が2012年に11月に実現した。